推し活×歴史

推し活クロニクル 1987年|『シティーハンター』とビックリマン、パソコン通信が広がる、『聖闘士星矢』の玩具も人気に

1987年、ローラースケートで踊る7人組、光GENJIがデビューしました。一方、おニャン子クラブは解散し、BOØWYも年末の公演で解散を発表しました。

子どもたちの間ではビックリマンシールの収集が人気になりました。テレビアニメ『シティーハンター』も始まりました。

ローラースケート場でシール帳を見せ合う1987年の女性たち

光GENJIがデビュー。ローラースケートの演技に注目が集まる

光GENJIは、内海光司うちうみこうじと大沢樹生おおさわみきおの「光」、5人組の「GENJI」を合わせた7人組でした。8月19日、「STAR LIGHT」でレコードデビューしました。グループの記録/日経クロストレンド

特徴は、ローラースケートを履いてステージを滑りながら歌い踊るパフォーマンスでした。

おニャン子クラブとBOØWY。グループの活動に区切りがつく

8月31日に『夕やけニャンニャン』が終了しました。おニャン子クラブは9月20日に国立代々木競技場第一体育館で解散コンサートを開きました。番組開始から約2年半の活動でした。おニャン子クラブの記録

工藤静香や渡辺満里奈などは、その後も個人で活動を続けます。

BOØWYはこの年、「Marionette」でシングルランキング1位を獲得しました。12月24日には、渋谷公会堂の公演で解散を発表しました。ユニバーサルミュージック・BOØWY

レベッカは横須賀で野外公演。尾崎豊もツアーを再開

レベッカは年初に日本武道館で6日間の公演を行いました。8月には横須賀で野外コンサート「REBECCA FROM THE FAR EAST」を開催しました。約5万人を集めたと記録されています。レベッカの活動記録

尾崎豊は7月に全国ツアーを開始し、8月には有明コロシアムで公演を行いました。尾崎豊の活動記録

年末の日本レコード大賞では、近藤真彦の「愚か者」が大賞を受賞しました。アルバム大賞は長渕剛の『LICENSE』、最優秀新人賞は立花理佐でした。日本作曲家協会

ビックリマンシールを集め、友達と交換する

ロッテのビックリマンチョコでは、1985年8月に始まった「悪魔VS天使」シリーズが大きなブームになりました。子どもたちは、お菓子に入っているキャラクターのシールを集めるようになりました。ロッテ・沿革

欲しいキャラクターが出るかどうかは、袋を開けるまで分かりません。子どもたちは手に入れたシールを見せ合い、友達の持つシールと交換しました。

最盛期の生産は月に3,300万個で、年間の売上は120億円を超えたとされます。『コロコロコミック』1987年11月号の新キャラクター募集には、約15万通の応募がありました。食品産業新聞社の振り返り

人気が過熱する中で、シールだけを取り出してお菓子を捨てることも問題になりました。公正取引委員会は1988年、ロッテに状況の改善を指導しています。食品産業新聞社の振り返り

数字で見るビックリマンのブーム
月3,300万個
最盛期の生産数。年間の売上は120億円を超えたとされる。
約15万通
『コロコロコミック』1987年11月号の新キャラクター募集に届いた応募。
1988年
シールだけを取り出してお菓子を捨てる問題で、公正取引委員会がロッテに改善を指導。

『シティーハンター』の放送開始。聖闘士星矢は玩具でも楽しむ

4月、漫画を原作とする『シティーハンター』と『きまぐれオレンジ☆ロード』のテレビアニメが始まりました。サンライズワールド/ぴえろ

『聖闘士星矢』では、キャラクターに鎧のような装備「聖衣」を着せる玩具「聖闘士聖衣大系」が人気を集めました。バンダイは、発売後3年間の累計で約1,000万個を販売した商品と紹介しています。バンダイの資料

ゲームでは1月に『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』、12月に『ファイナルファンタジー』が発売されました。ドラゴンクエスト公式/スクウェア・エニックス

NIFTY-Serveが開始。同じ趣味の人と文字で情報交換

4月15日、パソコン通信「NIFTY-Serve」がサービスを開始しました。電話回線で接続し、「フォーラム」と呼ばれる話題別の場所で、掲示板などを使って情報を交換する仕組みです。INTERNET Watch

同じ趣味の人が直接集まる場も大きくなりました。8月のコミックマーケット32は、4,400サークル、推定6万人の規模でした。コミックマーケット準備会

この年の主な出来事

1987年の推し活年表

この年の新語・流行語大賞

1987年の新語・流行語大賞

新語部門の金賞「マルサ」は、映画『マルサの女』で知られた国税の査察を表す呼び名です。流行語部門の銅賞「ゴクミ」は、俳優の後藤久美子の愛称でした。自由国民社・第4回の受賞語

次の1988年は、東京ドームが開場した年です。BOØWYの「LAST GIGS」や光GENJIのヒットを通して、大きな会場に集まるファンの姿をたどります。

推し活年表

よくある質問

1987年の推し活を一言でいうと何ですか?

グループの始まりと終わりが重なった年です。8月19日に光GENJIがデビューし、9月20日におニャン子クラブが解散し、12月24日にはBOØWYが解散を宣言しました。教室ではビックリマンシールの交換が広がりました。

光GENJIはどんなグループでしたか?

3月に結成された「GENJI」と、内海光司・大沢樹生の「光」が6月25日に合体してできた7人組です。8月19日に、チャゲ&飛鳥が楽曲提供した「STAR LIGHT」でデビューしました。ローラースケートとバック転を交えたパフォーマンスで人気を集めました。

BOØWYはいつ解散を発表したのですか?

1987年12月24日、BOØWYは渋谷公会堂の公演中に突然解散を宣言しました。人気の絶頂での発表で、バンドは翌1988年4月に東京ドーム公演「LAST GIGS」を開きました。

おニャン子クラブはいつ解散したのですか?

8月31日に『夕やけニャンニャン』が終了しました。おニャン子クラブは、9月20日の国立代々木競技場第一体育館でのコンサートをもって解散しました。結成から約2年半で、解散時の在籍メンバーは19人です。

1987年にCDはどれくらい生産されていましたか?

日本レコード協会の統計で、CD生産数量は約6,499万枚、生産金額は1,390億1,600万円でした。前年の約4,512万枚から大きく伸び、音楽を購入する形式としてCDが広がっていました。

ビックリマンシールはなぜ推し活史で語られるのですか?

お菓子に付くキャラクターのシールを集め、友達と見せ合ったり交換したりする楽しみが広がったためです。子どもたちの行動には、現在のランダムグッズの収集にも通じるものがありました。