『イン・ザ・メガチャーチ』書評|推すことと信じることの境界線を、ビジネスの目で読む
推し活を扱った小説は数あれど、「推される側」と「推させる仕組み」まで射程に入れた小説はほとんどありませんでした。朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』(日経BP・2025年9月刊)は、その空白に真正面から踏み込んだ一冊です。

この本について
作家生活15周年記念作品として刊行され、発売前重版が決まるほど注目を集めた長編小説。舞台はファンダム経済圏——つまり、私たちが毎日生きている「推し活の世界」そのものです。
世代も立場も異なる3人の語り手の視点が交差しながら、「今の時代、何が人の心を動かすのか」という問いが立ち上がっていきます。
語り手が複数いることには、はっきりした意味があります。同じ熱狂でも、推す側から見える景色と、仕組みを作る側から見える景色はまるで違う。ひとつの視点だけなら「感動的な応援の物語」にも「冷めた搾取の物語」にも寄せられたはずの題材を、この小説は複数の目で立体的に見せてくれます。章が変わるたびに、さっきまで共感していた熱狂を外側から眺め直すことになる——この読み心地こそが本作の仕掛けです。
タイトルの「メガチャーチ」は、巨大化した教会のこと。推すことと信じることは、どこで分かれるのか——読み終えたあと、自分の推し活が少し違って見える構成になっています。
印象的な論点:「自分で選んだ」という感覚
読みながら何度も立ち止まったのは、熱狂の入口がいつも「自分の意思」に見える、という描き方です。
誰かに強制されたわけではない。むしろ「自分で見つけた」「自分で選んだ」と感じている。だからこそ熱は本物になり、同時に、外からは止めにくくなる。信仰でも推し活でも、この構造は共通しています。
小説はこの構造を糾弾しません。かといって美談にもしません。自発性はいちばん強い熱源であり、いちばん慎重に扱うべきものでもある——その両面を、説明ではなく物語として体験させてくれるのが本作の凄みです。
ビジネス視点で読む
推し活をビジネスとして研究する私たちの視点から読むと、この小説は「ファンの物語」であると同時に「設計者の物語」でもあります。
私たちはOSHI-MAP®で企業の「推され度」を7つの軸で診断していますが、その中に「疲れさせない設計」という軸があります。人の心が動く仕組みには、応援を後押しする方向にも、負担を強める方向にも働きうる両面がある——この小説は、その分かれ目を物語として見せてくれます。
熱量を「使う」設計なのか、「応える」設計なのか。同じ仕掛けでも、どちらを向いているかで意味はまったく変わります。ファンの熱量は資源ではなく預かりもの、という私たちの前提を、あらためて確かめさせてくれる一冊でした。
推し活未来研究所メモ
- 人が熱くなる仕組みは、分野を超えて似ている — 応援の設計を学ぶヒントは、自分の業界の外にもたくさんある
- 自発性は最強の設計要素 — 「自分で選んだ」と感じられることが熱量を生む。だからこそ扱いには慎重さがいる
- 健やかな応援には「余白」がいる — 離れる自由、休む自由が確保されているかどうかが、長く続く関係の分かれ目
どんな人に刺さるか
- 推し活の当事者 — 自分の「好き」がどんな仕組みの中にあるのかを、一歩引いて眺めたくなったときに
- コミュニティやファンクラブの運営側 — 熱量を預かる側の責任と怖さを、物語で疑似体験できます
- ファンマーケティングに関わる企業担当者 — 施策の企画書には出てこない「行きすぎた先」の風景が描かれています
逆に、明快な答えやわかりやすい悪役を求めて読むと、肩透かしを感じるかもしれません。本作は判定を下す小説ではなく、考え続けるための問いを手渡してくる小説です。
書籍情報
| 書名 | 『イン・ザ・メガチャーチ』 |
| 著者 | 朝井リョウ |
| 出版社 | 日本経済新聞出版(日経BP) |
| 刊行 | 2025年9月 |
この本を読んだ人におすすめの3冊
| 書名 | なぜおすすめか |
|---|---|
| 『正欲』(朝井リョウ) | 「多様性」という言葉の難しさに切り込んだ朝井作品の代表作。メガチャーチの前に書かれた”社会の設計”側の物語 |
| 『推し、燃ゆ』(宇佐見りん) | 推す側の切実さを個人の目線で。メガチャーチと対になる一冊(書評はこちら) |
| 『ファンダムエコノミー入門』(黒鳥社) | 小説で感じた「ファンダム経済圏」を、今度は概念とケースで整理できる入門書 |
まとめ
推し活を「尊い」の一言でも、批判の一言でもまとめない。その間にある広いグレーゾーンを、物語の力で歩かせてくれる一冊です。企業のファンマーケティングに関わる人には、推し活マーケティングとはと併読することをおすすめします。
推し活×本棚では、推し活・ファン文化の本を1冊ずつ深掘りしています。
よくある質問
『イン・ザ・メガチャーチ』はどんな小説ですか?
朝井リョウさんの作家生活15周年記念作品(日経BP・2025年9月刊)。ファンダム経済圏を舞台に、世代も立場も異なる3人の語り手を通して「今の時代、何が人の心を動かすのか」を描く長編小説です。
推し活の知識がなくても楽しめますか?
楽しめます。舞台はファンダム経済圏ですが、描かれているのは「人はなぜ何かを信じ、応援するのか」という普遍的な問いです。推し活の経験がない人にとっては、身近な誰かの熱中を内側から理解する入口にもなります。
どんな人に特におすすめですか?
推し活の当事者はもちろん、ファンコミュニティの運営者やファンマーケティングに関わる企業担当者におすすめです。熱量を「集める側」の視点まで描いた推し活小説はほとんどなく、仕事で人の熱量を扱う人ほど得るものが大きい一冊です。


