推し活×金融|銀行・カード会社・保険が推し活市場に参入する理由
金融機関は、推しをデザインに使ったクレジットカードや、イベント参加に関連する保険、キャラクター特典付きの預金などを提供しています。商品ごとに、ファンのどのような利用場面を想定しているかが異なります。

参入しているのは、ベンチャーだけではありません。メガバンク、地方銀行、大手カード会社、損保子会社、航空系の少額短期保険も加わっています。業態も規模もばらばらな企業が、ほぼ同じ時期に「推し活」を商品名や組織名に入れ始めました。金融機関が参入した理由を、業界構造と最近1年の事例から分解します。
前提:3.5兆〜4.1兆円という数字の読み方
推し活市場の規模は、財務省のコラム「経済トレンド137:推し活~若年層を中心に急成長する消費形態~」(2025年)をはじめ複数の推計があります。市場規模は約3.5兆〜4.1兆円、推し活人口は約1,384万〜1,940万人という幅で語られます。調査主体も定義も異なり、単一の確定値はありません。企画書に「4兆円市場」と一行だけ書くのは、本来は危うい引用です。
それでも金融各社が動いた理由は、市場規模そのものより顧客単位の行動データにあります。クレディセゾンは2026年7月、推し活層の利用頻度・年間単価が非推し活層の3.9倍に達するという社内データを公表しました(マイナビニュース)。金融業界紙のニッキンも、同社のコラボカードについて「効果7倍も」と見出しで報じています。
還元率0.5%を1.0%に上げる競争は、どこかで採算が合わなくなります。一方、「推しが券面にいるから解約しない」という理由は、価格競争とは関係がありません。金融機関が推し活に参入した動機は、この一点です。
カード会社:獲得コストを感情で下げる
クレディセゾン「推し活課」新設と100億円投資
- 狙い:推し活を単発のコラボ企画ではなく、IPホルダーとの長期共創領域として社内に定着させる
- 施策:2026年8月1日付でペイメント事業に社内横断組織「推し活課」を新設すると発表しました。5カ年ビジョンとして支援IP100件、新規カード会員100万人、投資額100億円超を掲げました
- 研究所の見立て:同社は会員獲得コストを1〜2万円と試算しています。投資額と会員目標は、100億円÷100万人=1万円という逆算が成り立つように置かれています。情緒的な投資ではなく、既存の広告費を獲得単価の勝負に振り替えた判断です。IP側から見れば、カード会社が広告主ではなく共同事業者として交渉相手になったことを意味します
SAISON CARD Digital<Ado>
- 狙い:カード発行で終わらせず、ライブとグッズ購買までを一続きのファン体験にする
- 施策:アーティストAdoの描き下ろしデザインによる完全ナンバーレスのデジタルカード。募集期間は2026年7月4日から2028年6月30日まで、発行は2026年8月中旬以降順次開始すると発表しました。申込後最短5分でオンライン利用が可能です。「Ado STADIUM LIVE 2026 Ao」に連動した会員限定コラボグッズも用意されました(Visaプレスリリース)
- 研究所の見立て:このカードの要点は、券面がデジタルであることです。物理カードは届くまでに数日から数週間かかるため、ライブ当日の盛り上がりには間に合いません。「申込5分」は、感情が最も高まった日のうちに決済手段を獲得するための仕組みです
ナッジ、システム外販へ15億円調達
- 狙い:自社発行カードの拡大にとどまらず、推し活クレカの知見をBtoBで売る
- 施策:200種類以上のカードデザインと150以上の提携先を持つナッジ株式会社が、「クレカ as a Service」事業の拡大へ15億円を調達しました(日本経済新聞)
- 研究所の見立て:この調達は、推し活クレカが「作れる会社が限られる特殊な商品」から「発行の仕組みを買ってくる商品」へ変わりつつあることを示しています。同社は声優・梶裕貴のカード(2025年2月発行開始)や、YouTubeライブ配信中のスクリーンショットをそのまま券面にできるVTuber連動カード(2025年5月)を手がけました。券面を「デザイン」から「ファン体験」へ変えたこうした実績が、外販できる資産になっています
銀行:地味な商品にIPを掛ける
銀行の施策は、カード会社と発想が違います。銀行は新商品を作るのではなく、口座開設と積立定期預金という既存の地味な商品にキャラクターを掛けています。
みずほ銀行×ホロライブ
- 狙い:VTuberという新しいIPジャンルで、若年層の新規口座を獲得する
- 施策:2025年10月、新規口座開設者を対象に、ホロライブ所属タレントの描き下ろしイラスト入り限定グッズをプレゼントするキャンペーンを実施しました(みずほ銀行キャンペーンページ)
- 研究所の見立て:メガバンクがVTuberと組んだことは、企業勢VTuberが芸能事務所と同じ立場で交渉する相手になったことを意味します。保守的な銀行の広報審査を通過したこと自体が、IPの信用力の変化を示しています
大分銀行×サンリオ
- 狙い:マイメロディ50周年・クロミ20周年の話題を、預金の新規獲得につなげる
- 施策:2025年、定期預金を一定額預け入れた人にマイメロディ・クロミのオリジナルグッズを贈る「マイメロディ・クロミ 推し活キャンペーン」を実施しました(期間は2026年3月31日まで。大分銀行 終了したキャンペーン)。キャッシュカードにも両キャラクターのデザインを用意しています(サンリオ)
- 研究所の見立て:一度きりの景品で終わらせず、毎日のように手に取るキャッシュカードにもキャラクターを置いた点が巧みです。預金という目立ちにくい商品に、「この口座を持っていたい」という理由を足しています
保険:推し活固有のリスクを商品にする
3業種で最も推し活の実態に踏み込んだのが保険です。カード会社と銀行がIPを借りているのに対し、保険はファンが実際に困っていることを商品設計の起点にしました。
Mysurance×Oshicoco「推し活キャンセル保険」
- 狙い:遠征のキャンセル料という、推し活固有で金額の大きいリスクを保険で補償する
- 施策:損保ジャパン子会社のMysuranceが、推し活応援メディアOshicocoと協業し、2025年3月31日に専用サイトを開設しました。保険の専門用語を推し活層の言葉に言い換えて説明している点が特徴です。事前調査では、回答者の5人に1人が遠征キャンセルを経験していました。そのうち3人に1人が3万円以上を負担し、10万円以上の事例もありました。一方、保険の認知度は約10%にとどまっていました(PR TIMES)
- 結果:2025年度グッドデザイン賞、第12回少額短期保険大賞、第2回推し活グッズ大賞の推し活サポート部門で大賞を受賞しました。日本経済新聞も「推し活、2割が『遠征』キャンセルに泣く 保険の認知は1割」と報じています
- 研究所の見立て:評価されたのは、補償内容の新しさより、保険の言葉をファンの言葉に置き換えた仕事です。保険の説明を「不担保」「約款」のまま出せば、遠征費を失った経験のある人にも伝わりません。困りごとの言語をそのまま商品説明に使ったことが、認知度10%という壁への回答でした
JCB×Mysurance、そしてスカイマーク×第一スマート
販売チャネルの拡張も同時に進みました。Mysuranceは2025年3月31日に推し活キャンセル保険の販売を開始しました。2026年6月30日からは、JCBカード会員向けサービス「MyJCB」内の「JCBのほけん」からも申し込めるようになりました。国内遠征版・海外遠征版の2種類があり、国内版は遠征費3万円に対して保険料900円です。公演中止・延期、交通機関の遅延・欠航、急な通院・入院によるキャンセル料を補償する一方、「推し」本人のみの休演は対象外です(Mysuranceプレスリリース)。航空会社側では、スカイマークと第一スマート少額短期保険が「スカイマーク推し活おうえん保険」を1区間500円で提供しています(第一スマート少額短期保険)。少額短期保険の市場自体も、2024年3月期までの4年間で約33%拡大したと報じられています。
研究所の見立て:保険会社単独では、推し活層に販売するチャネルがありませんでした。JCBの会員基盤を使うことで、その課題を解決しています。ただし「推し本人の休演は対象外」という免責は、ファンの直感とは逆です。ファンが最も恐れているのは推しが出ないことなのに、その場合は補償されません。この免責を最初に明示できるかが、この商品の信頼を左右します。
3業種を横に並べる
| 業種 | 使う既存資産 | 推し活で得たいもの | 主なリスク |
|---|---|---|---|
| カード会社 | 決済インフラ・加盟店網 | 獲得コストの低減、解約率の低下 | 使いすぎ、与信管理 |
| 銀行 | 口座・預金・アプリ | 新規口座、アプリ稼働、若年層接点 | 景品の上限管理、公平な告知 |
| 保険(少短) | 引受・支払いの仕組み | 新しい顧客層、販売チャネル | 免責条件の誤解 |
共通するのは、推しへの感情を、既存商品を選ぶ理由に変換していることです。感情を理由に選ばせた企業は、その感情に応える説明責任を負います。
成功パターンと注意パターン
| 観点 | うまくいっている型 | つまずきやすい型 |
|---|---|---|
| 商品の翻訳 | 業界用語をファンの言葉に置き換える | 約款の言葉のまま推し活を名乗る |
| チャネル | 既存の大手会員基盤に相乗りする | 自社サイトだけで販売する |
| 経営指標 | 新規口座や預金など、社内の指標に直接つなげる | 話題化だけで社内指標に届かない |
| 条件の説明 | 免責・上限・期限を最初に明示する | 特典を前面に出し条件を小さく書く |
| 消費者保護 | 利用実態のモニタリングを設計する | 熱量に任せて利用額だけを追う |
最後の行は業界横断の課題です。推し活クレカやカードローンの利用が、「推し活破産」として報道されることがあります。成年年齢の引き下げで18歳から自分の意思で契約できるようになった状況と、金融リテラシー教育の不足も、併せて指摘されています。ただし、特定の推し活クレカ商品が行政指導や処分を受けたという発表はありません。個社の不祥事ではなく、業界全体の構造上の論点です。
カードの種類・選び方・注意点は推し活クレカ・推し活ポイントの用語解説に整理しています。
企業担当者向け:参入前に決める7つのこと
- 市場規模ではなく顧客単価で説明する:既存顧客のうち推し活層の利用頻度・継続率がどう違うかを先に測る
- 獲得コストの逆算を書く:投資額÷目標会員数で1人あたりを出し、既存の広告費と比較する
- IPを借りるのか、体験を作るのかを決める:券面デザインの許諾と、ライブ・グッズまで連動する共創では契約も体制も違います
- 申込から利用開始までの時間を縮める:感情が高い瞬間に手続きが終わらないと離脱が起きます
- 免責・上限・期限を最初のページに置く:直感と逆の条件ほど、後ろに置くと不信を招きます
- 既存の会員基盤への相乗りを検討する:少額短期保険がカード会社のチャネルに乗った構図は応用が利きます
- 若年層の利用実態を見る仕組みを持つ:推し活特化でも与信・消費者保護の考え方は通常の金融商品と変わりません
準備期間には幅があります。Mysurance×Oshicocoの専用サイトは半年弱、クレディセゾンの組織新設は5カ年計画です。商品として出すのか、事業として位置づけるのかで、時間軸は大きく変わります。
推し活未来研究所メモ:感情を理由に選ばせた側の責任
金融機関が推し活に参入した理由は単純です。金利と還元率で比べられる限り、顧客は毎年より条件の良い商品へ移ります。そこに「推しがいるから」という理由が入ると、比較のものさし自体が変わります。クレディセゾンの3.9倍という数字は、その効果を測ったものです。
ただし、比較を止める力は、そのまま判断を鈍らせる力でもあります。推しの絵柄が入ったカードは、条件が同じなら選ばれてよいはずです。しかし条件が悪くても選ばれてしまうなら、それは商品の力ではなく、感情に頼って選ばれていることになります。研究所は、参入企業がこの線をどこに引くかに注目しています。
その意味で、いま最も筋が通っているのは保険です。遠征がキャンセルになれば、ファンは数万円を失います。この困りごとは実在し、商品はそこに対応しています。感情を利用しているのではなく、感情ゆえに生じるリスクを引き受けている点が違います。免責の説明という課題は残りますが、出発点は健全です。参入企業が増えるほど、問われるのは商品の目新しさより、ファンが冷静でいられる情報をどれだけ早い段階で示したかになります。推しを理由に選んだ人が後で後悔しない設計を、企画の最初から持てるかどうかです。
関連記事:推し活クレカ・推し活ポイントとは/推し活マーケティングとは/推し活の市場規模【2026年版】/推し活家計簿のつけ方
よくある質問
なぜ銀行やカード会社が推し活に参入するのですか?
還元率や金利の比較では差がつきにくくなったためです。クレディセゾンは推し活層の利用頻度・年間単価が非推し活層の3.9倍だという社内データを公表し、投資判断の根拠にしています。
推し活キャンセル保険とは何ですか?
公演中止や交通機関の欠航、急な入院などで遠征を取りやめた際のキャンセル料を補償する少額短期保険です。損保ジャパン子会社のMysurance等が販売しています。
推し活キャンセル保険は推しが休演したときも使えますか?
Mysuranceの商品では「推し本人のみの休演」は補償対象外とされています。免責条件は商品ごとに異なるため、申込前に約款と補償範囲の確認が必要です。
推し活クレカは普通のクレジットカードと審査が違いますか?
違いません。推し活特化のカードも通常のクレジットカードと同じ規制下にあり、与信審査の考え方も同じです。申込条件はカード会社ごとに確認が必要です。
金融機関が推し活施策で気をつけるべき点は何ですか?
若年層の利用実態のモニタリングと、免責条件・キャンペーン条件の分かりやすい告知です。感情に訴える設計ほど説明責任は重くなります。



