推し活×歴史

推し活クロニクル 1983年|ファミコン誕生、ディズニー開園、「おたく」のはじまり、『キャッツ』日本初演にチケットが売れる

1983年、千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園し、任天堂は家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売しました。キャラクターの世界を現地で楽しむ場所と、家でゲームを遊ぶ道具が加わります。

漫画『キン肉マン』のキャラクターをかたどった玩具「キン消し」も登場。舞台では劇団四季の『キャッツ』が始まり、ファンが遊びに行く・観に行く楽しみも広がりました。

ゲーム売り場でカセットを差し込んだファミコンを遊ぶ女性

ファミコンが発売。家のテレビで好きなゲームを遊ぶ

7月15日、任天堂は「ファミリーコンピュータ」、通称「ファミコン」を発売しました。テレビにつないだ本体へ、ゲームソフトの入ったカセットを差して遊ぶ機械です。任天堂・ファミコンの歴史

放送時間を待って番組を見るのとは違い、ゲームなら電源を入れて自分でキャラクターを操作できます。好きなゲームを繰り返し遊び、難しい場面の攻略方法を友達と話す楽しみがありました。

発売当初には不具合への対応もありましたが、その後はソフトが増え、1985年には『スーパーマリオブラザーズ』が大ヒットします。ファミコンで親しんだキャラクターは、続編や関連商品でも人気を集めていきました。CESAの業界史

東京ディズニーランドが開園。キャラクターに会うために出かける

4月15日、東京ディズニーランドが開園しました。映画などで親しんだディズニーの世界を、アトラクションやショーで体験できるテーマパークです。オリエンタルランドの沿革

推しのキャラクターに会いたい、作品の世界を体験したい。その目的で、浦安まで出かけるファンもいました。画面で見ることに加えて、その世界を再現した場所を訪れる楽しみが加わります。

『キャッツ』日本初演と、コンピュータによるチケット販売

11月、新宿で劇団四季のミュージカル『キャッツ』が日本初演を迎えました。猫たちが歌や踊りでそれぞれの個性を見せる作品で、長期間の上演が行われます。劇団四季

『キャッツ』のチケット販売で進んだ仕組み
長期公演の座席を売る多くの公演日・座席を扱う必要がありました。
専用システムを導入ぴあがコンピュータによる販売を前倒ししました。

1983年10月の販売では、10万枚が3日半で完売。本格的な「チケットぴあ」の開始は1984年4月です。

ぴあ株式会社の沿革

同じ作品を別の日にも観たいファンにとって、長期上演では次の観劇日を選べます。複数の公演日や席を扱う販売の仕組みも、その上演を支える仕事の一つでした。

当時のコンピュータ販売は、現在のように自宅のスマートフォンから申し込むものではありません。売り場で座席を管理・販売する仕組みが整えられていった時期です。

チェッカーズと尾崎豊がデビュー。中森明菜は紅白初出場

9月21日、チェッカーズが「ギザギザハートの子守唄」でデビューしました。翌1984年の2曲目「涙のリクエスト」がヒットすると、デビュー曲も注目されるようになります。ORICON NEWS

12月1日には、尾崎豊おざきゆたかがシングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』を同時に発売しました。ソニーミュージック

推しを知ったあと、デビュー作にさかのぼって聴くこともあります。チェッカーズは、新曲のヒットが以前の曲にも関心を集めた例です。

前年デビューの中森明菜は、この年の紅白歌合戦に「禁区」で初出場しました。日本レコード大賞では、ゴールデン・アイドル特別賞も受賞しています。音楽ナタリー/日本作曲家協会

コミケの参加者が増え、ファンを指す「おたく」が雑誌に登場

1983年のコミックマーケットは、第23回が1,200サークル・約1万3,000人、第24回が1,500サークル・約1万8,000人でした。漫画やアニメを好きな人が、同人誌を出したり買ったりする催しとして規模を広げていました。コミックマーケット準備会

同年、中森明夫なかもりあきおが雑誌『漫画ブリッコ』のコラムで、こうした熱心なファン層を「おたく」と呼びました。ファンを指す用法が広まった経緯として、よく紹介される文章です。Google Arts & Cultureの解説

「おたく」は、もともと相手を指す呼び方でもありました。そこから特定の趣味に詳しい人を指す言葉へと使われ方が変わり、時には批判的な意味も含んで使われます。現在の「推し活」と同じ意味で、当時から親しまれていた呼び名ではありませんでした。

映画館でも多くの人が作品を楽しみました。1983年の年間配給収入では、邦画は『南極物語』の59億円、洋画は『E.T.』の96億2,000万円が首位でした。配給収入は配給会社側の収入を表し、観客が払った入場料の総額とは異なります。日本映画製作者連盟

この年の主な出来事

推し活の道具と場所と言葉が、そろった年
  1. 4月4日NHK連続テレビ小説「おしん」放送開始メディア
  2. 4月15日東京ディズニーランドが千葉県浦安市に開園メディア
  3. 6月雑誌『漫画ブリッコ』で「おたく」が使われるメディア
  4. 7月『南極物語』公開、配給収入59億円で邦画1位映画
  5. 7月15日任天堂「ファミリーコンピュータ」発売ゲーム
  6. 9月21日チェッカーズ「ギザギザハートの子守唄」でデビュー音楽
  7. 9月25日「スター誕生!」が全619回で終了メディア
  8. 10月ぴあが『キャッツ』のチケット10万枚を3日半で完売ビジネス
  9. 10月巨人がセ・リーグ、西武がパ・リーグを制するスポーツ
  10. 11月劇団四季「キャッツ」日本初演(新宿)舞台
  11. 11月日本シリーズで西武が巨人を下し2年連続日本一スポーツ
  12. 12月1日尾崎豊が「15の夜」『十七歳の地図』でデビュー音楽
  13. 12月第25回日本レコード大賞、中森明菜(なかもりあきな)が特別賞音楽
  14. 通年コミケが23で1,200、24で1,500サークルに同人
  15. 通年ガシャポン「キン肉マン」発売(〜87年で1.8億個)ビジネス
  16. 通年洋画『E.T.』が配給収入96.2億円で年間首位映画

この年の言葉

この時代の芸能と暮らしの言葉
おたく
雑誌『漫画ブリッコ』1983年6月号のコラムで、同人誌即売会に集まる熱心なファン層を指して使われたのが初出とされる
キン消し
ガシャポン「キン肉マン」の消しゴム型フィギュアの俗称。子ども同士の収集・交換文化とともに広まった

「おたく」はファン層を指す呼び名、「キン消し」はキャラクター玩具の呼び名です。応援する人そのものと、ファンが集める物の両方に、よく知られる言葉が増えていきました。

次の1984年では、チケットぴあが本格的に始まり、チェッカーズがヒットを重ねます。「新語・流行語大賞」が始まったのも、この年です。

推し活年表

よくある質問

1983年はどんな年でしたか?

家庭で繰り返し遊べるファミリーコンピュータと、足を運んで遊ぶ東京ディズニーランドが同じ年に登場しました。ガシャポン「キン肉マン」も発売され、好きなキャラクターを遊びやグッズで楽しむ方法が増えた年です。

ファミコンは発売してすぐ売れたのですか?

発売当初には不具合への対応もありました。その後ソフトが増え、1985年の「スーパーマリオブラザーズ」も大ヒットします。ソフトの充実とともに、家庭で遊ぶ人が増えていきました。

ファンを指す「おたく」は、いつ使われ始めたのですか?

熱心な漫画・アニメのファン層を指す用法では、1983年の中森明夫(なかもりあきお)のコラムがよく挙げられます。それ以前から、相手を指す呼び方として「おたく」という言葉は使われていました。

1983年にデビューした歌手には誰がいますか?

9月21日にチェッカーズが「ギザギザハートの子守唄」で、12月1日に尾崎豊がシングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』でデビューしました。どちらも人気に火がつくのは翌年以降です。

チケットぴあの仕組みはいつ始まったのですか?

ぴあ株式会社の沿革によれば、1983年10月に劇団四季「キャッツ」専用システムとしてコンピュータ販売を前倒しで始め、10万枚を3日半で売り切りました。本格開始は1984年4月です。

1983年に一番当たった映画は何ですか?

日本映画製作者連盟の統計では、邦画1位が『南極物語』の配給収入59億円、洋画1位が『E.T.』の96.2億円でした。この年は、洋画1本の数字が突出しています。