推し活×歴史

推し活クロニクル 1984年|チェッカーズと吉川晃司、『ドラゴンボール』連載開始、チケットぴあ誕生、『風の谷のナウシカ』が映画館へ

1984年、チケットぴあが、コンピュータで座席を管理するチケット販売を本格的に始めました。電話予約や店頭販売で、公演へ出かけるための席を申し込めるようになります。

歌番組ではチェッカーズや吉川晃司きっかわこうじが注目され、漫画では『ドラゴンボール』の連載が始まりました。同人誌を持ち寄るコミケも拡大し、参加希望を受け止めるための会場や運営の工夫が、課題になっていた時期です。

店頭の窓口で公演チケットを受け取る1984年の女性たち

チェッカーズと吉川晃司。歌声だけでなく衣装や演奏も注目される

前年にデビューしたチェッカーズは、1月に発売した「涙のリクエスト」で人気を広げました。7人編成のバンドで、チェック柄の衣装やメンバーの髪型も特徴でした。ORICON NEWS

2月には吉川晃司が「モニカ」でデビューします。本人の主演映画『すかんぴんウォーク』の主題歌でもあり、歌と映画の両方で新人を知る機会がありました。デビュー曲の記録

バンドの曲や演奏を好きになり、その中のメンバーにも注目する。歌手の衣装や髪型をまねる。現在の推し活にも見られる、音楽と本人の魅力を一緒に楽しむファンの姿がありました。

バンドの安全地帯は「恋の予感」がヒット。ボーカルの玉置浩二たまきこうじの歌声でも人気を集めます。TOWER RECORDS・Mikiki

チケットぴあが本格開始。電話と店頭で公演を申し込む

4月、チケットぴあがコンピュータによるオンラインチケット販売を本格的に始めました。前年の劇団四季『キャッツ』専用販売に続く展開です。ぴあ株式会社

ここでの「オンライン」は、座席の情報を扱うコンピュータと売り場などを回線で結ぶ仕組みです。現在のウェブ予約とは利用する道具が異なり、ファンは電話や店舗で申し込みました。

電話で予約する

公演名や希望日などを伝え、チケットを申し込みます。

店舗で購入する

売り場の担当者を通して、希望する公演の座席を購入します。

人気公演では、仕組みが新しくなっても席数に限りがありました。推しの公演に行くために、発売日や申し込み方法を調べることは、当時のファンにとっても観に行く準備の一つでした。

コミケは3万人規模に。出展スペースと本の運搬を見直す

8月19日のコミックマーケット第26回には、2,400サークル、推定3万人が参加しました。一方、会場の都合などから参加を見合わせてもらうサークルが800を超えたことも、年表に記されています。明治大学米沢嘉博記念図書館

ファンが作った本を出したくても、全ての希望者が出展できるわけではありませんでした。本を作る人が増える中で、限られたスペースをどう配分するかが課題になっていました。

現在の同人誌即売会にも、出展場所の割り当てや本の搬入があります。作品を作る楽しみを、多くの人が集まる催しとして続けるための工夫でした。

『ナウシカ』の映画、『ドラゴンボール』の連載が始まる

3月には『風の谷のナウシカ』、7月には『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が劇場公開されました。マクロスでは、劇中のアイドル、リン・ミンメイが歌う主題歌も知られるようになります。スタジオジブリ/マクロス公式

10月にはテレビアニメ『北斗の拳』が始まり、11月20日発売の『週刊少年ジャンプ』では『ドラゴンボール』が連載を開始しました。東映アニメーション/ドラゴンボール公式

好きなキャラクターの続きを雑誌で読み、テレビ放送を待ち、劇場版へ出かける。作品を楽しむ場所は、書店、家庭、映画館へと広がっていました。

ファミコンでも『ゴルフ』『ロードランナー』『パックマン』などのソフトが登場しました。本体を買ったあとにソフトを追加し、別のゲームを遊べることも特徴です。任天堂・ファミコン年表

CDが増え、電話回線で情報を読むサービスも登場

1984年の国内CD生産数量は約637万枚でした。日本レコード協会の統計では、翌1985年には約2,064万枚へ増えています。発売から間もないCDが、次第に音楽を買う形式として広がっていました。日本レコード協会

レコードやカセットも使われる中、ファンは同じ歌手の作品を、再生機に合った形式で選ぶ時期を迎えていました。

11月には、当時の電話事業者である電電公社が「キャプテンシステム」の商用サービスを開始しました。電話回線を使い、文字や図形の情報をテレビ画面へ呼び出す仕組みです。総務省・通信白書/サービス開始の記録

ただし、ファンの交流が一斉に画面上へ移ったわけではありません。会報、手紙、電話、会場での会話などと並んで、電子的に情報を読む新しいサービスが登場した段階でした。

この年の主な出来事

1984年の推し活年表

この年の新語・流行語大賞

1984年の新語・流行語大賞

1984年に始まった賞の第1回です。新語部門の金賞「オシンドローム」は、ドラマ『おしん』への大きな反響から生まれた言葉でした。流行語部門の大衆賞には、堀ちえみが出演したドラマのせりふ「教官!」も選ばれています。自由国民社・第1回の受賞語

物語を見ていた人たちの間で、作品や登場人物の言葉が日常でも使われる。受賞語からは、テレビドラマが会話の話題になっていた様子も分かります。

次の1985年では、『夕やけニャンニャン』からおニャン子クラブが登場し、ファミコンでは『スーパーマリオブラザーズ』が大ヒットします。

推し活年表

よくある質問

チケットぴあはいつ始まったのですか?

ぴあ株式会社の沿革によれば、1983年10月に劇団四季「キャッツ」専用システムでテスト販売を行い、1984年4月に日本初のコンピュータオンラインチケット販売として本格的に始まりました。

1984年のコミックマーケットはどのくらいの規模でしたか?

明治大学米沢嘉博(よねざわよしひろ)記念図書館の年表によれば、8月19日の第26回はサークル2,400・参加者推定30,000人で、参加を見合わせてもらうサークルが800を超えたと記録されています。12月23日の第27回からは1サークル1スペース方式になりました。

1984年の日本レコード大賞は誰が受賞しましたか?

日本作曲家協会によれば大賞は五木(いつき)ひろし「長良川艶歌」です。この回からアルバム大賞と最優秀スター賞が新設され、それぞれ高橋真梨子(たかはしまりこ)『TRIAD』と中森明菜(なかもりあきな)が受賞しました。最優秀新人賞は岡田有希子(おかだゆきこ)「恋 はじめまして」です。

1984年にデビューした歌手には誰がいますか?

2月1日に吉川晃司がシングル「モニカ」でデビューし、オリコン最高4位・33万9,000枚を売り上げました。前年9月デビューのチェッカーズは、1月発売の「涙のリクエスト」で全国区になっています。

1984年のCDはどれくらい生産されていましたか?

日本レコード協会の生産実績によれば、1984年のCD生産数量は約637万枚、生産金額は144億3,900万円でした。翌1985年は約2,064万枚・479億3,100万円で、1年でおよそ3.2倍に増えています。

1984年の新語・流行語大賞は何でしたか?

この年が第1回で、新語部門金賞は「オシンドローム」、流行語部門金賞は「まるきん、まるび」でした。大衆賞には堀(ほり)ちえみのドラマの決め台詞「教官!」も選ばれています。