推し活×旅行会社・観光地|推し活ツアーと聖地観光の商品設計
旅行会社や宿泊施設は、観戦やファン向けイベントを宿泊と組み合わせた商品を販売しています。移動と宿泊の手配に、選手との交流などの特別な体験を加えたプランもあります。

地域振興としての聖地巡礼は推し活×自治体、鉄道・航空のラッピングやタイアップは推し活×鉄道・航空で扱いました。ここでは、旅行商品に含まれる体験や特典と、その料金設定を確認します。
「行き先」ではなく「推し」から旅を組み立てる会社が現れた
旅行業界の商品設計は長く、目的地を軸に組まれてきました。推し活旅行はこの順番を逆にします。先に推しがあり、行き先はあとから決まります。撮影地や製造拠点、対バン先の地方ホールやアウェイのスタジアムなど、推しに関わる場所へファンが移動します。
この転換を事業にしているのが、IPやアーティストと連動した周遊企画や体験型VIPツアーの開発を今後進める新興企業オリグレスです。同社は2026年5月27日、ANAホールディングス系CVCのANA未来創造ファンド(グローバル・ブレイン運営)と三菱UFJキャピタルから追加出資を受けたと発表しました。調達額は非公開ですが、売上は前年比1000%のペースで拡大しているとしています。航空会社系のCVCがIP×体験の総合エンターテインメント企業に出資した事実が、この領域の見られ方を示しています。
事業者は大きく5層に分かれます。
| 層 | 主な事業者 | 売っているもの |
|---|---|---|
| 交通事業者の自社ブランド | JR東海「推し旅」 | 乗車体験の企画化 |
| 交通系旅行会社 | ジェイアール東海ツアーズ | 遠征の交通手配と割引 |
| 総合旅行会社・OTA | JTB、日本空輸の「グットリ」 | 企画力・手配力・予約導線 |
| 宿泊事業者 | ヒルトン東京お台場ほか | 滞在と限定体験の抱き合わせ |
| 観光協会・地域DMO | 米沢観光コンベンション協会ほか | 地域を巡る行程 |
事例1:JTB×星街すいせい — 手配力をコンテンツ側に貸す
JTBは2026年6月30日、カバー株式会社所属のバーチャルアイドル・星街すいせいとの共同企画「プロジェクト スターゲイザー」の始動を発表しました。JTBは、前日に公開された新曲ミュージックビデオの国内外のロケーション調査、つまり撮影地のスカウトを担当しています。
- 狙い:VTuberという新しいファンダムに、物販ではない形で接点を作る
- 施策:ロケーション調査・手配の機能を、コンテンツ制作の工程に提供する
- 研究所の見立て:これはツアーの販売ではなく、旅行会社の業務そのものを推しの作品づくりに組み込んだ事例です。MVに映った場所は、公開された瞬間に聖地になります。ツアーを作る前に、行き先を作る側に回った点が新しいところです
事例2:日本空輸「グットリ」 — 作品を指定しない推し活特集
日本空輸が運営する旅行予約サービス「グットリ」は2026年7月17日、推し活・ぬい活トラベラー向けの特集を公開しました。特集は特定の作品とタイアップしていません。聖地巡礼プラン、推しカラーのドリンクが飲めるコンセプトカフェ巡り、ぬい撮り向けの撮影スポットを横断的に集めています。アプリ限定の1,500円offクーポンやバースデークーポン(10%off)もあわせて提供しています。
- 狙い:IPに依存せず「推し活」という行動様式そのものを商品カテゴリにする
- 施策:既存の在庫を推し活向けにまとめ直し、クーポンで初回購入を促す
- 研究所の見立て:在庫を新たに作らず、既存の商品の見せ方だけを変える、費用対効果の高いやり方です。ただし弱点もはっきりしています。IP指定型が「◯◯の聖地へ行こう」と言えるのに対し、汎用型ではどこへ行けばいいのかを利用者が自分で決めなければなりません。クーポンは、利用者が行き先を決めきれない状態を補うために必要なのだと考えられます
事例3:LOVOT聖地ツアー — メーカーが自分でツアーを組む
家庭用ロボットLOVOTのGROOVE Xは、製造拠点のある静岡県伊豆の国市を舞台に、1泊2日のホテル貸切オフ会ツアーを商品化しました。日程は2026年9月16日から17日で、三嶋大社での健康祈願、伊豆箱根鉄道の貸切列車ランチ、ホテル天坊での宿泊、世界遺産の韮山反射炉などを巡りました。参加費は2名1室で1人63,000円、1名1室で1人71,000円です。
- 狙い:製造拠点を「聖地」と位置づけ、地域との関係をファン体験に変える
- 施策:メーカーが地元のバス会社と組み(企画・実施は伊豆箱根バス)、宿泊・貸切列車・地域観光を1本の行程にまとめる
- 研究所の見立て:商品の起点が旅行会社ではなく、メーカーの側にある点が特徴です。ファン名簿を持つのはメーカー側で、送客の確度が最初から高いのが強みです。企画の売り込み先は観光協会だけではない、ということも分かります
事例4:清水エスパルスサポーター割 — 遠征そのものを商品にする
ジェイアール東海ツアーズは2026年7月3日、清水エスパルスとのプレミアムパートナー契約に合わせて「清水エスパルスサポーター割」を開始しました。クーポン利用可能期間は2027年6月5日までです。遠征の頻度が高いほど割引額が上がる設計で、日帰り・宿泊付きの両プランに対応しています。予約後も当日も、新幹線の時間変更が何度でも無料です。対象エリアを新神戸以西発着まで広げ、ホーム・アウェイ双方をカバーします。
- 狙い:遠征という繰り返しの行動を、段階的な割引で自社の利用につなぎとめる
- 施策:クラブとのパートナー契約をきっかけに、サポーター向けの専用商品を作る
- 研究所の見立て:この商品の最大の特徴は、割引率より時間変更が何度でも無料という一点だと考えています。試合は延長することがあり、終演時刻も読めません。アウェイ遠征の帰りの予定は、いつも不安定です。推し活の移動には予定通りに終わらないという固有のリスクがあり、そこに応えた商品はまだ多くありません
事例5:ヒルトン東京お台場×アルバルク東京 — 17万円の観戦滞在
ホテル側が観戦需要を取り込んだ例が、ヒルトン東京お台場×アルバルク東京の宿泊プランです。2026-27シーズンの全8試合が対象で、第1弾は2026年10月31日から11月1日の宇都宮ブレックス戦を予定しています。料金は1室2名169,448円(税サービス料込)からです。選手ベンチ向かいのコートサイド席2列を確約し、試合後はコート上での記念撮影と、持参した私物へのサインが付きます。40平方メートルの客室、通常はスイート・エグゼクティブ宿泊者限定のラウンジアクセス、マスコット「ルーク」デザインのグッズと特製ケーキ、朝食も含まれます。
- 狙い:観戦を起点に滞在を高付加価値化し、スポーツファン層を新規開拓する
- 施策:単独では買えない席と選手接点を、部屋とセットにしてしか売らない
- 受付:以降の試合分は順次受け付けています
- 研究所の見立て:価格の根拠は部屋でも食事でもなく、単品では市場に出ない席と時間です。ホテルが自力で用意できるものではないため、クラブとの関係がそのまま商品力になります。一方で、17万円のプランを買えるのはファン全体のごく一部です。上位顧客向けだと割り切ることが前提です
観光協会が価格を付けるとどうなるか
事業者側だけでなく、地域が自ら商品を組む型もあります。山形県米沢市では2024年8月9日、米沢アニメツーリズム誘客推進協議会の企画、米沢観光コンベンション協会の実施で、映画「好きでも嫌いなあまのじゃく」のロケ地を巡る旅行商品が発売されました。レンタサイクルの日帰りが4,000円、劇中の旅館に泊まり米沢牛すき焼きが付く宿泊コースが21,000円、日帰り体験が4,800円という三段構えです。
価格帯を分けた意味は明確です。遠方のコアなファンには宿泊を、近隣の軽い参加者には日帰りを用意しました。同じ聖地に、予算に応じて参加できる複数のコースを用意する設計です。埼玉県が2024年12月に発表したアニメ聖地を巡るご朱印スタンプラリーのように、御朱印文化と結びつけて「集める」体験に変える型も定着しています。
聖地巡礼を支える取り組みは、観光業の外にも広がっています。ファミリーマートは2026年3月16日、小売・流通業として初めてアニメツーリズム協会に加盟しました。同協会は、ファン投票で「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」を選定・更新しています。聖地の認定と巡礼の導線は、業界横断の仕組みとして整いつつあります。
成功パターンとつまずきやすいパターン
| 観点 | うまくいっている型 | つまずきやすい型 |
|---|---|---|
| ブランド | 統一名で複数IPを連続展開する | 単発コラボを毎回ゼロから告知する |
| 原価 | 自社の既存機能(手配・調査)を転用 | コンテンツ制作から自前で抱え込む |
| 価格 | 日帰りから宿泊まで複数の入口を置く | 高単価プランだけで層を絞る |
| 希少性 | 単品では買えない席・体験を入れる | 誰でも買えるものを束ねるだけ |
| 送客 | ファン名簿を持つ主体と組む | 一般の旅行需要と同じ導線 |
| 訴求 | 行き先と推しの関係を1行で言える | 「推し活全般」で対象をぼかす |
| 遠征対応 | 変更・キャンセルの柔軟性を売る | 通常のツアー約款のまま売る |
旅行商品では、失敗や炎上が大きく報じられた例はほとんどありません。数量限定の特典配布と違い「早い者勝ち」の構造が弱く、転売や買い占めが起きにくい事情はありそうです。ただし安全という意味ではありません。旅行商品の失敗は、炎上ではなく販売不振という静かな形で表れます。
商品化の手順:企画担当者向け
- どの層で戦うかを先に決める:手配力か、在庫の編集か、体験づくりか。三つを同時に進めると、原価も告知も破綻します
- ファン名簿を持つ主体を探す:クラブ、レーベル、メーカー、製作委員会などです。送客の確度は、ファン名簿を持つ主体と組めるかでほぼ決まります
- 単品で買えないものを1つ入れる:席、時間、場所、人などです。単品で買えないものが無い商品は、個人手配との価格比較で負けます
- 価格帯を最低2つ置く:4,000円と21,000円を並べた米沢の型を基本にします
- 変更・キャンセル規定を推し活仕様にする:対象は公演中止、延長、全通前提の予定変更です。通常約款のままでは、いちばん買ってくれる層が買えません
- 写真を撮れる場面を行程に明記する:ぬい活・撮影は行程表に書いた瞬間に商品になります
- 権利処理を逆算する:確認するのは作品名の表示、キャラクター使用、撮影可否、SNS投稿の可否です。特に「参加者が撮ってよいか」は告知前に確定させます
- 2回目の設計を初回に埋め込む:段階的な割引やシーズン全試合への展開のように、初回の時点で次回の利用が組み込まれている商品が長く続きます
費用感について公表されているのは参加費までで、造成側の原価や協賛金の水準は各社とも明かしていません。準備期間も同様ですが、実務ではクラブのシーズン日程やIPの公開時期に合わせ、数カ月前から座組みを作るのが一般的です。
推し活未来研究所メモ:旅行会社は「行き先を決める仕事」を取り戻せるか
推し活旅行のいちばん厄介な性質は、行き先をファンが自分で知っていることです。聖地も、公演のホールも、アウェイのスタジアムも、SNSで共有されています。行き先を教える仕事としての旅行会社は、この領域では最初から必要とされていません。
それでも各社が参入できたのは、売るものを変えたからです。JTBは行き先を教える側ではなく、選ぶ側に回りました。ジェイアール東海ツアーズが売ったのは切符ではなく、予定が崩れても対応できる安心でした。ヒルトンが17万円で売ったのは部屋ではなく、他では買えない席と試合後の数分間です。個人手配で代替できないものだけが、商品として残ります。この選別は、これからさらに厳しくなります。
研究所が次に注目しているのは、価格帯の分断です。17万円のプランと4,000円のレンタサイクルは、同じ推し活旅行という言葉で括られていますが、買う人はまったく違います。高単価の限定体験に寄れば参加できない人が増え、汎用型に寄れば行き先が見えなくなります。米沢が三段階の価格を置いたのは小さな地域の工夫でしたが、同じ聖地に複数の参加方法を用意するという発想は規模を問わず効きます。推しに会いに行く旅を、どの予算からでも始められるようにすることです。研究所は、それが旅行会社と観光地に残された仕事だと考えています。
旅行商品・観光施策の推し活設計に関するご相談は株式会社KAZAORIまで。推され度チェック(無料診断)もご利用ください。
よくある質問
推し活ツアーとは何ですか?
聖地巡礼・コンサート遠征・スポーツ観戦など、推しを起点にした移動を旅行会社が商品化したものです。交通手配、宿泊、限定体験を組み合わせて価格を付けて販売します。
旅行会社が推し活に参入する理由は何ですか?
移動手配とロケーション調査という既存の強みを、そのままファン向けに転用できるためです。制作コストをかけずに、新規の顧客層へ商品を販売できます。
推し活ツアーの価格帯はどのくらいですか?
公表事例では日帰り型で4,000円、宿泊付きの地域周遊型で21,000円、ファン向け貸切ツアーで63,000円、観戦席付きのホテルプランで1室2名169,448円と幅があります。
遠征する人向けの割引サービスはありますか?
あります。ジェイアール東海ツアーズは2026年7月から清水エスパルスサポーター割を開始し、遠征頻度が高いほど割引額が上がるクーポンを用意しています。
特定の作品と組まない「推し活全般」向けの商品もありますか?
あります。日本空輸が運営する旅行予約サービス「グットリ」は2026年7月、聖地巡礼やぬい撮りスポットを横断的に集めた特集を公開しました。ただし訴求が抽象的になりやすい難しさもあります。



