推し活×鉄道・航空|ラッピング・コラボ遠征でファンを動かす事例研究
鉄道・航空会社の推し活向け企画には、ラッピング車両や限定グッズ、作品に関連した車内演出などがあります。各社はこうした企画で、乗客を目的地まで運ぶだけでなく、その便や路線を選ぶ理由をつくっています。

鉄道会社と航空会社は、この数年でアニメ・アイドル・VTuberとのコラボを急速に増やしました。コラボは単発の話題づくりに見えますが、実際には「移動需要をつくる」という本業の課題に直結しています。この記事では、2025年9月から2026年9月にかけての事例を中心に、企画の組み立て方とリスクのありかを整理します。
移動インフラが推し活と噛み合う3つの理由
第一に、移動そのものが推し活の行動だという点です。ネオマーケティングとエイチ・アイ・エスが2025年8月に実施し、11月に公表した推し活×遠征の実態調査では、遠征で求められるものとして「快適な移動」と「推しを感じる体験」が挙がりました。同じ調査で、女性回答者は公共交通機関の臨時便・増便や手頃な宿泊施設の充実を重視する傾向を示しています。ファンは移動を削りたいのではなく、移動を推し活の一部にしたいと考えています。
第二に、車両・駅・機体が広告媒体になることです。ジェイアール東日本企画は2025年2月27日に推し活・応援広告調査2024を発表しました。2024年12月26日から2025年1月9日にかけて、約2.5万人に聞いた調査です。「好きで応援しているものがある人」(全体の53.3%)のうち推しがいる人は26.3%、応援広告の認知度は推し活実施者の59%でした。応援広告の主催者・出資者のうち、86.8%が「支出が増えた」、89.1%が「さらに応援したくなった」と回答しています。同社の推計では、潜在市場規模は約769億円です。駅の広告枠は、ファンが自分でお金を払ってでも使いたい場所になっています。
第三に、企画の型がすでに確立していることです。JR東海が2021年11月に始めた「推し旅」は、gamebizに掲載された中山淳雄氏の連載によれば2023年度50件、2024年度100件と件数が倍増し、年間100件の規模に成長しました。「推し旅」は個社の実験にとどまらず、鉄道業界の定番プログラムになりつつあります。
事例で見る、鉄道・航空コラボの設計
型は確立しましたが、企画の中心に何を置くかは各社で大きく違います。
JR東海「推し旅」× アイドルマスターシリーズ
JR東海の狙いは、新幹線の乗車体験そのものを非日常にして、新規顧客を取り込むことでした。2024年8月30日に始まった「TR@VEL MEDLEY!!!!!!」では、6ブランド18名のアイドルを応援宣伝隊長に起用しました。同社は東海道新幹線の車内限定オリジナルボイスや旅マス駅弁を組み合わせ、2026年2月まで約1年半にわたり企画を重ねました(JR東海 推し旅公式サイト)。
「推し旅」全体の案件数は2年で倍増しました。JR東海が個々の企画を重ねながら、「推し旅」を継続的な事業として展開している点が特徴です。
研究所は、この企画の核心が車内でしか手に入らないコンテンツにあると見ています。グッズは通販で買えますが、走行中の車内で聞くボイスは乗車券を買った人にしか届きません。移動をほかで代えられない体験に変えたことが、鉄道会社にとっての本質的な価値です。
JR東日本 × 呪術廻戦「東日本回游」
JR東日本が2025年12月8日に発表し、12月17日から2026年5月中旬まで実施した企画です。狙いは関東・東北エリアの周遊促進です。同社は、東北新幹線E5系のラッピング車両運行、関東・東北エリアの駅を巡るスタンプラリー、音声アプリLocatoneを使った限定ボイス企画を組み合わせました(JR東日本プレスリリース)。条件を達成した人には、オリジナルアクリルキーホルダーを数量限定で配布しました。
設計の特徴は、車両(見る)・スタンプラリー(歩く)・音声(聴く)を別々のレイヤーで重ねた点です。ひとつの企画で複数の推し活行動を同時に用意すると、ファンは「どれかひとつだけ参加する」という選択もできます。
JR西日本 × ONE PIECE 山陽新幹線
JR西日本は2025年春から、新大阪〜博多間の「こだま」に3編成のラッピング新幹線を順次投入しました。「瀬戸内ブルー」は4月12日、「チョッパー」は5月28日、「ルフィ」は7月2日にデビューしました。車内チャイムに主題歌「We Are!」を使うなど、演出まで含めた大型企画です(JR西日本プレスリリース)。同社は夏のキャンペーンやグッズ第2弾も含め、企画を通年で展開しました。
JR西日本は、ラッピング車両を1編成ではなく3編成用意しました。研究所の見立てでは、複数編成にしたのは「どれに乗れるか分からない」状態を意図的に作るためです。ファンは狙った編成に当たれば喜び、外れても次に乗る動機が生まれます。グッズではなく運行ダイヤにランダム性を組み込んだ例です。
近畿日本鉄道 × アイドルマスターシリーズ
近畿日本鉄道は、宇治山田・鳥羽・鵜方の3駅分をセットにした記念入場券を用意しました。2025年9月13日から、台紙付き2,000セット限定・1セット1,000円で発売しました(売り切れ次第終了)(railf.jpの報道)。狙いは伊勢志摩エリアへの周遊促進です。利用期限は2027年2月28日までと長く、購入者はすぐに使い切る必要がありませんでした。
近鉄は2025年12月29日に、発売箇所の追加も告知しました。
研究所の見立てでは、3駅を1セットにしたことが要点です。1駅ずつ売れば1駅分の来訪で終わりますが、セットにすれば「3駅を回る旅程」が商品になります。
JAL × GUNDAM/ラブライブ!虹ヶ咲
航空会社の代表例がJALの「FLY TO THE FUTURE PROJECT」です。JALは2025年3月3日に「JALガンダムJET」の運航を開始しました。8月18日には「ガンダム御翔印」(500円)を、新千歳・羽田・大阪・徳島・出雲・広島・福岡・熊本・鹿児島・沖縄の全国10空港で発売しました。御翔印は空港ごとに異なるモビルスーツを描いており、コンプリート欲求を刺激する設計です(GUNDAM.INFO)。
一方で、リスクが表面化した事例もあります。JALとバンダイナムコフィルムワークスは2025年10月、映画「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 完結編 第2章」の周遊プラン(1コース3,300円、3都市満喫パック8,800円、販売期間2025年10月6日〜2026年5月31日)を発表しました。このプランで2026年3月に京都駅で予定されていたキャストトークショーは、妨害を予告するメールを受け、安全確保のため中止になりました(電撃オンラインの報道)。
この中止は企画の質の問題ではなく、日時と場所が公表されるファンイベントの構造的なリスクです。研究所の見立てでは、企画担当者が事前に用意すべきは中止判断のプロセスと、ファンを被害者として扱う告知文面です。
京阪電気鉄道 × 響け!ユーフォニアム
京阪電気鉄道は2026年9月1日から、ラッピング電車・コラボカフェ・コラボルームを同時展開しています(京阪電気鉄道の公式コラボサイト)。同社は宇治市と連携したコラボ企画を2016年から続けています。宇治市内には作中の「久美子ベンチ」をはじめ38のスポットがあり、ファンの巡礼ルートとして定着しています。
10年以上続くコラボは、ファンにとって「毎年恒例」の予定になり、街の評判そのものを形づくります。研究所の見立てでは、単発企画のROIでは測れない資産がここにあります。
成功パターンと注意すべきパターン
ここまでの事例を並べると、うまくいく型と、構造上避けにくいリスクが見えてきます。
| 型 | 内容 | 該当事例 |
|---|---|---|
| 成功:面で展開する | 1編成でなく複数編成、車両+駅+グッズを同時に動かし周遊行動をつくる | JR西日本×ONE PIECE(3編成)、JR東日本×呪術廻戦(車両+スタンプラリー+音声) |
| 成功:拠点ごとに違うものを配る | 空港・駅ごとにデザインを変え、コレクション欲求を移動距離に変換する | JAL×GUNDAM御翔印(10空港で異なるデザイン)、近鉄×アイドルマスター(3駅セット) |
| 成功:そこでしか得られない体験にする | 車内限定ボイスなど、乗車した人だけが受け取れるコンテンツを核に置く | JR東海「推し旅」の車内限定オリジナルボイス |
| 成功:長期継続で街ごと聖地にする | 10年単位で同じIPと組み、地域の巡礼ルートまで育てる | 京阪電気鉄道×響け!ユーフォニアム(2016年〜) |
| 注意:ファンイベントは標的になり得る | 日時・場所を公表するため妨害予告のリスクを構造的に抱える | JAL×ラブライブ!虹ヶ咲のキャストトークショー中止(2026年3月) |
| 注意:成果の非開示が次の予算を難しくする | 経済効果・利用者数が公表されない事例が大半で、社内説明がSNSの話題量に依存しやすい | 鉄道・航空コラボ全般 |
企画を通し、回すための実務手順
鉄道・航空のコラボは、他業種よりリードタイムが長く、権利処理の負担も大きい分野です。次の順番で準備すると、稟議と現場の両方が進めやすくなります。
- IP側の周年・作品スケジュールを先に把握する。新作公開や周年に合わせるほど、話題の総量が増えます。逆算すると、企画は1年前に起案するのが現実的です。
- 車両・駅・機体・グッズを別契約として設計する。呪術廻戦×JR東日本のように、ラッピング・スタンプラリーのグッズ・音声コンテンツは、実務上それぞれ契約範囲が異なります。最初にレイヤーを切り分けておくと、後から施策を追加しやすくなります。
- 車両施工は検査サイクルと合わせて逆算する。ラッピングの施工・撤去は車両運用の都合に左右されます。広報の希望日程を先に決めると、調整が行き詰まります。
- 「そこでしか得られないもの」を1つ決める。車内限定ボイス・駅限定デザイン・機内配布物など、乗った人だけが受け取れる要素を最低1つ用意します。
- コレクション設計で周遊距離を伸ばす。拠点ごとに絵柄を変えたり、セット販売にしたり、利用期限を長めに取ったりします。近鉄の入場券セットは、利用期限を約1年半先に設定していました。
- KPIを企画段階で確定する。指標の例は、乗車券・入場券の販売数、グッズ販売数、スタンプラリー完走率、SNS言及数、リピート乗車率です。公表するかは別として、社内で測る指標がないと次年度の予算化ができません。
- 安全対応とコンティンジェンシーを文書化する。書いておくのは、中止判断の基準、判断する人、告知文面の雛形、払い戻し方針です。JALの事例は、これらを事前に用意しているかどうかが分かれ目になることを示しました。
企画前に確認したい項目は次の通りです。
- IP側の周年・新作スケジュールと自社の運行計画を突き合わせた
- 車両・駅・グッズ・音声の契約範囲を分けて整理した
- 乗車した人だけが得られる要素を1つ以上用意した
- 拠点ごとの差分(デザイン・特典)を設計した
- 数量限定品の購入上限と再販方針を決めた
- 中止判断のプロセスと告知文面を用意した
- 公表・非公表を問わず、追う指標を先に決めた
- 地方在住ファンが参加できる導線(通販・オンライン企画)を用意した
推し活未来研究所メモ:移動を目的地にした企業が勝つ
鉄道会社と航空会社が持っている最大の資産は、車両でも路線網でもなく、ファンがすでに移動しているという事実です。遠征は推し活の中でも支出が大きく、時間もかかる行動です。企業が後から広告を差し込むのではなく、移動時間そのものを推し活の中身に変えられるかどうかが分かれ目になります。
車内限定ボイスや空港ごとに異なる御翔印も、単なる販促物にとどまりません。ファンが「乗る理由」「降りる理由」「もう一度乗る理由」を自分で説明できるようにする役割を持っています。3編成のうちどれに当たるか分からないラッピング新幹線も、コレクション性をダイヤに組み込んだ点で同じ構造です。
一方で、この業界には成果が見えにくいという弱点があります。この分野の事例の大半では、各社が経済効果も利用者数も公表していません。公表しない判断は経営上あり得ます。ただ、社内に数字が残っていなければ、担当者が代わった瞬間に企画は「なんとなく良かったもの」という扱いになります。研究所は、移動を推し活に変えられる業種だからこそ、成果を測る仕組みを先に持つ企業が企画を長く続けられると見ています。
関連記事:推し活マーケティングとは/ファンマーケティングとは/遠征持ち物チェックリスト/推し活の市場規模【2026年版】
よくある質問
鉄道会社や航空会社はなぜアニメ・アイドルとのコラボを増やしているのですか?
移動そのものが、遠征や聖地巡礼という推し活の行動だからです。コラボ企画は、乗る・訪れる・撮る・集めるという行動をファンに一度に促せます。車両や駅、機体は広告媒体にもなります。
ラッピング車両の企画にはどれくらいの準備期間が必要ですか?
車両検査サイクルや施工の調整があるため、数か月から1年以上を見込む例が一般的です。JR東海の複数弾企画は1年半にわたり継続していました。
応援広告の市場はどれくらいの規模ですか?
ジェイアール東日本企画が2025年2月27日に発表した調査では、潜在市場規模を約769億円と推計しています。推し活実施者の59%が応援広告を認知していました。
鉄道・航空コラボの効果はどう測ればよいですか?
多くの事例は経済効果や来場者数を公表していません。乗車券販売数・グッズ販売数・SNS言及数など、社内で追う指標を企画段階で決めておく必要があります。
ファンイベントで気をつけるべきリスクは何ですか?
ファンイベントは日時と場所を公表するため、妨害予告の標的になる場合があります。2026年3月には、JALのコラボ企画のトークショーが安全確保のため中止になりました。



