推し活ビジネス戦略

スターバックスはなぜ推される?——体験をブランドに変える

ミッションが照明や席、接客の基準になった。 パートナーの小さな判断が記憶を作った。 推し色や名前がファンの文化へ転用された。

6章

EPISODE 2822:12

この回の最初の章一杯のコーヒーからコミュニティへ

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一杯のコーヒーからコミュニティへ

スターバックスは自社のミッションで、一人のお客様、一杯のコーヒー、一つのコミュニティから人の心を豊かにすると掲げています。商品だけでなく、店で過ごす時間と地域との関係を価値に置く考え方です。

家庭でも職場でもない第三の居場所をつくるという発想は、照明、BGM、座席、店員との距離といった目立たない要素の積み重ねで実現します。

同じ店でも、会話を楽しみたい人、短時間だけ休みたい人、一人で考えたい人では心地よい距離が違います。居場所を「長く滞在してもらうこと」と一律に決めず、目的に合う席や注文方法を選べることが大切です。運営は売上だけでなく、どこで迷い、どの選択肢が使われたかを見ることで環境を調整できます。

一杯のコーヒーを売る商売が、居場所を提供する事業になったのは、意図的な選択でした。回転率を上げれば売上は伸びますが、それをしなかった。

長く座られると席が埋まります。それでも許容したのは、その日の売上より、通い続ける人の総額のほうが大きいという判断です。

居心地のよさは、長時間滞在できることだけではありません。短い休憩をしたい人、持ち帰りたい人、一人で静かに過ごしたい人もいます。店の体験を考える際は、特定の過ごし方だけを正解にせず、利用目的の違いを確かめることができます。

サードプレイスを設計する

スターバックスは従業員をパートナーと呼んでいます。現場で一人ひとりに向き合うには、共通の価値観を学び、困ったときに戻れる基準を持つことが必要です。

接客を特別な逸話だけで評価せず、働く人が相談し、学び、状況に合わせて応対できる環境まで見ることが大切です。顧客の居心地は、パートナーの働きやすさとも切り離せません。

ファンが心温まる接客を共有するときも、個人の献身を当然の基準にしない視点が要ります。混雑時にも同じ対応を求めたり、名前や顔が分かる形で投稿したりせず、その場の気遣いとして受け取る。企業側は好事例だけを称賛するのではなく、無理をせず判断できる人員、休憩、相談の仕組みを整える必要があります。

居心地を支える裁量の二つの条件

STANDARD戻れる共通基準

衛生、公平性、安全、混雑時の優先順位を共有し、迷ったときに相談できる。

CHOICE相手に合わせる余地

会話の量や案内の仕方を、その人とその場の状況に応じて選べる。

世界中に店舗があるのに、それぞれの街の顔になっている。この両立は、標準化と裁量のバランスで成り立っています。

LAYERS「居場所」が成立する4つの層
  1. 土台:物理的な環境席・照明・音・広さ
  2. 運用:滞在してよい空気急かされない・追い出されない
  3. 接客:人としての扱い名前・会話・裁量
  4. 意味:自分の場所だと思える通う理由になる

推し活未来研究所による整理。上へ行くほど、マニュアルでは作れなくなります。

居場所という言葉は曖昧ですが、実際には細かい条件の集まりです。何時間いても嫌な顔をされない、一人でも浮かない、荷物が置ける。

どれも派手さはありません。それでも、その積み重ねだけが「また来よう」を作る。推し活の現場でも同じことが言えます。

接客の裁量を信頼する

店員がカップに絵を添えるような小さな判断は、効率だけでは測れない記憶をつくります。すべてをマニュアル化せず、相手の状況を見て選べる余地が人らしい接客を生みます。

裁量は何でも許されることではありません。混雑、衛生、公平性を守る共通基準があるからこそ、その範囲で一人の客へ合わせた気遣いができます。

顧客側にも、接客を「してもらえるサービス」として要求するのではなく、偶然生まれたやり取りとして尊重する姿勢が求められます。前回と同じメッセージがなくても体験の価値が下がったわけではありません。運営は特別対応を競わせず、丁寧な基本動作が続けられることを評価するほうが、店舗ごとの差を安心へ変えられます。

サードプレイスという言葉は、家でも職場でもない第三の場所を指します。どちらにも属さない時間が必要だという発想です。

推し色とニックネームの余白

ニックネームやカスタムオーダーは、ファンが推しの名前やイメージカラーを置く余白になります。推し色ドリンクは公式企画でなくても、既存の仕組みをファンが自分の文化へ翻訳した例です。

スターバックス リワードは、スターを軸に新商品情報や会員向け体験へつなぎます。値引きだけでなく、好きな場所へ戻る理由を積み重ねる設計です。

店舗の写真を残す行為は、チェーン店を自分の生活の舞台へ変えます。ただし推しのぬいぐるみやグッズを広げるときは、通路や隣席、ほかの人の写り込みを確認したいところです。公式はファンの使い方を囲い込みすぎず観察しつつ、混雑時の撮影や席利用の線を分かりやすく示すことで、自由な意味づけと共存を両立できます。

FAN USE CHECK推しとの一杯を、みんなの居場所で楽しむ

  • 注文と席利用は店内の案内に合わせる
  • 撮影前に通路・隣席・写り込みを確かめる
  • ニックネームやカスタムを店員へ強要しない
  • 混雑時は展示や長時間撮影を切り上げる
  • 投稿では店舗やパートナー個人を特定しすぎない

店員と客という関係を超えた瞬間があるかどうか。そこが分かれ目になります。

接客に裁量を持たせることは、簡単な判断ではありません。品質のばらつきが出ますし、教育の負担も増えます。それでも選ぶのは、決まりきった対応では居場所にならないからです。

マニュアルどおりの接客は、間違いがない代わりに記憶に残りません。覚えていてもらえた、という体験だけが特別さを作る。

推し活の文脈でも、この構造は同じです。ファンが企業に求めているのは、完璧な対応ではなく、こちらを見ているという感覚です。

とはいえ、個人の努力に頼りきると続きません。裁量を渡すなら、その人が疲弊しない体制も同時に要ります。

便利さと包摂を両立する

モバイルオーダー&ペイは、列に並ぶ負担を減らし、受け取り方を選べるようにします。便利さは回転率だけでなく、人によって異なる店への入りづらさを減らす役割も持ちます。

聴覚に障がいのあるパートナーが中心となって働くサイニングストアや同性パートナーシップ制度は、誰がその場所にいてよいかを制度から広げます。居場所は雰囲気だけでは成立しません。

選択肢を増やしても、片方だけを標準として扱えば新しい壁ができます。アプリを使える人には事前注文が便利でも、対面で相談したい人や操作に不安がある人には店頭注文が必要です。企業は利用率だけで方法を絞らず、案内の分かりやすさ、受け取り時の確認、働く側の動線まで含めて複数の入口を維持する必要があります。

居場所は高価な装飾だけではつくれません。音量、座席、注文方法、店員の一言という小さな選択が積み重なり、「またここへ戻りたい」という感覚になります。その評価も、写真映えや滞在時間だけでなく、自分の都合に合わせて入り、過ごし、退出できたかという日常の使いやすさから考えるべきです。

推し活の場所としても、この種の店は使われています。集まる、待ち合わせる、時間を潰す。目的がなくても居られることの価値です。

便利さを追求すると、居場所としての性質は薄れます。注文から受け取りまでが最短になれば、滞在する理由がなくなるからです。

どちらを重視するかは、店舗ごとに違ってよいはずです。急ぐ人と、長くいたい人の両方を同じ設計で満たすのは難しい。

推し活の現場でも、同じ判断が求められます。効率を上げるほど、居心地の余白は減っていきます。

まとめ:居場所は細部でできている

THIRD PLACE DESIGNまた来たいをつくる五つの選択
  1. 入る自分に合う注文方法を選ぶ
  2. 過ごす席と距離感を選ぶ
  3. 伝える名前やカスタムを添える
  4. つながる店員や地域と関係を持つ
  5. 戻る記憶と会員体験を重ねる

一律の接客ではなく、選択肢の積み重ねが居場所をつくります。会話する自由だけでなく、静かに過ごす自由や短時間で受け取る自由も同じ価値として扱います。

選べる居場所だから、異なる人が同じ店へ戻れます。選択肢は増やすだけでなく、初めてでも違いが分かり、途中で変えられる案内と組み合わせることが大切です。

  1. 店ごとに過ごし方を選べるミッションが照明、音量、席、注文方法、接客を選ぶ共通の基準になった。
  2. 接客の工夫が記憶に残る共通基準と無理なく相談できる環境の中で、パートナーの小さな判断が一人ごとの記憶を作った。
  3. 自分なりの楽しみ方を見つける推し色や名前が、混雑とほかの利用者の時間に配慮しながらファンの文化へ転用された。

細部でできているものは、細部から崩れます。守り続ける手間が、そのまま価値になっています。

推し色やニックネームを受け入れる余白も、同じ発想から来ています。決められた使い方だけを想定しないこと。

使う側が意味を足せる余地があると、そこは自分の場所になります。完成しきっていないほうが、愛着は生まれやすい。