推し活×歴史

推し活クロニクル 1981年|YMOと『Dr.スランプ』、ラジオの「ハガキ職人」が育つ、『ドンキーコング』も登場

1981年、電子楽器を使う音楽グループYMOが2枚のアルバムを発表しました。テレビでは、鳥山明とりやまあきらの漫画を原作とする『Dr.スランプ アラレちゃん』の放送が始まります。

好きな音楽を聴き、アニメのキャラクター商品を集める。深夜ラジオでは、はがきに書いた自分の投稿が読まれる楽しみもありました。

1981年の推し活のイメージ

近藤真彦の新人賞と、寺尾聰「ルビーの指輪」の大賞

年末の日本レコード大賞では、近藤真彦こんどうまさひこが「ギンギラギンにさりげなく」で最優秀新人賞を受賞しました。前年の田原俊彦たはらとしひこに続き、「たのきんトリオ」と呼ばれた歌手が2年連続で同賞を受けます。日本作曲家協会

大賞は、俳優としても知られていた寺尾聰てらおあきらの「ルビーの指輪」でした。ドラマで知った俳優の歌に注目する人もいれば、新人アイドルをデビューから追う人もいました。

歌を作る人にも共通点があります。「ルビーの指輪」を作詞した松本隆まつもとたかしは、この年、松田聖子の「白いパラソル」も担当しました。同曲は松本が初めて作詞した聖子のシングルです。松田聖子公式サイト

YMOが『BGM』『テクノデリック』を発売

YMOは、細野晴臣ほそのはるおみ、高橋幸宏たかはしゆきひろ、坂本龍一さかもとりゅういちの3人によるグループです。電子楽器を使った音楽で知られ、1981年には次の2枚を発表しました。

同じ年に発売された2枚のアルバム
3月21日『BGM』
大ヒットした『Solid State Survivor』の後も、新たな音作りに取り組みました。
11月21日『テクノデリック』
同年に制作を進めた次のアルバム。メンバー自身も高く評価した作品です。

2作品の制作を振り返る記事

ファンは新作を買い、前のアルバムとの音の違いを聴き比べました。推しが同じヒット曲を歌う姿だけでなく、新しい表現を試す過程を追い続けることも楽しみの一つでした。

米国では8月に音楽専門チャンネルMTVが開局します。音楽ビデオを放送するチャンネルで、歌声や演奏に加えて、映像でもアーティストを知る機会が増えていきました。MTV開局の記録

アラレちゃんはテレビとグッズに。ゲームにはドンキーコング

4月に放送を始めた『Dr.スランプ アラレちゃん』は、人間の女の子の姿をしたロボット、アラレちゃんが活躍するアニメです。東映アニメーションの沿革は、5年続く番組になったことと、キャラクター商品が大ヒットしたことを記しています。東映アニメーション

毎週テレビで見たキャラクターを、身の回りの物でも楽しむ。今のキャラクターグッズを集める推し活にも通じる楽しみがありました。

同年、任天堂はゲームセンターなどの業務用機械で遊ぶ『ドンキーコング』を発売しました。任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」が登場するのは、2年後の1983年です。任天堂の沿革

アニメを読む雑誌も増え、『マイアニメ』と『アニメディア』が創刊されました。すでにあった『アニメージュ』や『月刊OUT』などと同じく、新しい雑誌も作品の絵、声優、読者投稿などを扱っています。文化庁・アニメ雑誌の解説

深夜ラジオへの投稿。常連が「ハガキ職人」と呼ばれる

1月1日、ニッポン放送で『ビートたけしのオールナイトニッポン』が始まりました。木曜深夜の番組で、リスナーがはがきで送る投稿も人気を集めています。現代ビジネス

常連の投稿者はペンネームで知られるようになり、「ハガキ職人」という呼び名も使われました。この言葉の由来として、同番組の投稿者たちの活動が紹介されています。

SNSにすぐ投稿できる現在と違い、当時は文章をはがきに書いて郵送しました。採用されたかどうかは放送を聴いて確かめます。推しの話を聴くだけでなく、自分の投稿を通じて番組に参加できる楽しみでした。

レコード生産は減ったが、テレビの歌番組も見られていた

1981年のアナログディスク生産金額は約1,724億円で、前年から約4.9%減少しました。生産数量は約1億6,853万枚、約13.5%の減少です。日本レコード協会

一方、この年のNHK紅白歌合戦は、関東地区の世帯視聴率74.9%を記録しました。ビデオリサーチ

レコードの生産と、家庭での番組視聴は別の数字です。レコードを買って繰り返し聴くほかに、テレビで歌手の出演を楽しむ人も多くいました。

この年の主な出来事

レコードが初めて減り、キャラクターが伸び始めた年
  1. 1月1日『ビートたけしのオールナイトニッポン』放送開始メディア
  2. 3月21日YMOがアルバム『BGM』を発売音楽
  3. 4月『Dr.スランプ アラレちゃん』放映開始アニメ
  4. 5月ぴあが自主製作映画祭を「ぴあフィルムフェスティバル」に改称メディア
  5. 5月『エレファント・マン』公開。洋画1位の24億5,000万円映画
  6. 7月「白いパラソル」で松本隆(まつもとたかし)が松田聖子(まつだせいこ)作品に初参加アイドル
  7. 8月『連合艦隊』公開。邦画1位の19億円映画
  8. 8月米国でMTVが開局(現地時間8月1日)音楽
  9. 10月松田聖子(まつだせいこ)「風立ちぬ」発売アイドル
  10. 11月21日YMOがアルバム『テクノデリック』を発売音楽
  11. 12月31日第23回日本レコード大賞。大賞は寺尾聰(てらおあきら)「ルビーの指輪」音楽
  12. 12月31日第32回NHK紅白歌合戦の視聴率が74.9%(関東地区)メディア
  13. 通年任天堂がアーケード版『ドンキーコング』を発売ゲーム
  14. 通年レコード生産金額が1,724億700万円、統計上初の前年割れビジネス
  15. 通年パ・リーグは日本ハムが優勝、セ・リーグは巨人が優勝スポーツ

この年の言葉

この時代の芸能と暮らしの言葉
PFF(ぴあフィルムフェスティバル)
情報誌『ぴあ』が主催する自主製作映画祭。1981年5月にこの名称へ改称された
ドンキーコング
任天堂が発売したアーケード用ビデオゲーム。ゲームセンターでキャラクターに繰り返し会う体験を広めた

図の「PFF」は「ぴあフィルムフェスティバル」の略です。ぴあが以前から開いていた自主製作映画の催しが、1981年にこの名称になりました。ぴあの沿革

次の1982年には、中森明菜や小泉今日子らがデビューします。音楽を再生する新しい製品、CDとCDプレーヤーが登場するのも1982年です。

推し活年表

よくある質問

1981年はレコードの売れ行きにどんな変化があったのですか?

日本レコード協会の統計で、アナログディスクの生産金額が1,724億700万円となり、前年の1,812億3,800万円から約4.9%減りました。生産数量は約13.5%の減少です。

第23回日本レコード大賞は誰が受賞しましたか?

大賞は寺尾聰(てらおあきら)「ルビーの指輪」、最優秀歌唱賞は岩崎宏美(いわさきひろみ)「すみれ色の涙」、最優秀新人賞は近藤真彦(こんどうまさひこ)「ギンギラギンにさりげなく」でした。作詞の松本隆(まつもとたかし)がこの年に存在感を強めています。

「ハガキ職人」という言葉はいつ生まれたのですか?

ラジオなどに繰り返し投稿し、番組で知られるようになった常連投稿者の呼び名です。1981年に始まった『ビートたけしのオールナイトニッポン』の常連投稿者たちとの関わりが紹介されています。

1981年のYMOはどんな活動をしていましたか?

3月21日にアルバム『BGM』、11月21日に『テクノデリック』を発売しました。電子楽器を使った音作りを進めた、同じ年の異なる2枚のアルバムです。

1981年のアニメとゲームで何が起きましたか?

4月にテレビシリーズ『Dr.スランプ アラレちゃん』が放映を開始してキャラクター商品が大ヒットし、同じ年に任天堂がアーケード版『ドンキーコング』を発売しました。