1994年の規制緩和が、全国に小さな醸造所を生んだ
日本のビール製造免許は、かつて年間2,000キロリットルという大きな生産量を求めていました。1994年の酒税法改正で基準が60キロリットルへ下がり、地域の事業者も参入できるようになります。いわゆる地ビールブームです。
最盛期には全国で300以上のブルワリーが生まれました。しかし、品質のばらつき、観光土産に寄りすぎた売り方、価格に対する納得感の不足が重なり、ブームは急速にしぼみます。ブームの入口と、長く推されるブランドは別物だったのです。
土産として一度選ばれる商品は、旅の珍しさだけでも成立します。日常で再び選ばれる商品には、保存状態、飲み方、どの料理に合うかまで含めて、買った後の成功体験が必要です。土地の名前で手に取ってもらい、味と扱いやすさで次の一本につなぐ。この二段階を分けて考えると、ブーム後に残る条件が見えてきます。
小さな作り手ほど、すべての味を増やすより、定番の役割をはっきりさせることが有効です。最初の一本、食事と合わせる一本、好みに挑戦する一本というように選び方を案内すれば、専門知識がない人も失敗を恐れず試せます。
- 01規制緩和小規模参入
- 02品質を磨く醸造技術
- 03土地を語る川越・水・文化
- 04飲む場を作る店・イベント
- 05世界へ届く輸出・受賞
商品、土地の物語、ファンが集まる場の三つが重なると、ローカルブランドは遠くへ届きます。
COEDOは、川越を「味わえる物語」にした
埼玉県川越発のCOEDOは、地域名を前面に出しながら、海外でも読めるブランド名とデザインを育てました。瑠璃、伽羅、毬花など、色や日本語の響きで商品を識別できることも、棚で見つけられる理由です。
講演会で参加者がCOEDOを飲みながらブランドの話を聞く体験は、説明を味覚に結びつけます。ブランドの哲学を、商品を使う時間そのものへ組み込むことで、広告を見た人から「この会社を応援したい人」へ変わっていきます。
商品名、ラベル、会場で聞く言葉が同じ方向を向くと、ファンは体験を自分の言葉で説明しやすくなります。「川越のビール」だけで終わらず、どんな香りで、どんな時間に飲みたいかまで話せれば、地域を知らない友人にも勧められます。ブランドの物語は、作り手が語った回数ではなく、飲んだ人が語り直せた時に広がります。
地域性を伝えるときは、歴史を飾りとして貼るのではなく、原料、色、名前、食事との合わせ方へ結びつけます。店頭では短い一文、イベントでは作り手の説明、オンラインでは背景記事というように、接点ごとに情報量を変えると、押しつけずに深掘りできる導線になります。
街との関係も、地名を借りるだけでは続きません。醸造所から飲食店、観光案内、地域の催しへ人が移れる情報を用意し、逆に街を訪れた人が一杯へたどり着けるようにする。商品が地域全体の入口になれば、ブランドの成長が周囲の店や作り手にも返り、「応援したい」という理由に具体性が生まれます。
- 01地域の名前で知られる土地とつながる
- 02現地で飲まれる醸造所・飲食店
- 03持ち帰られる土産・通販
- 04また訪ねたくなる味が場所を思い出させる
推し活未来研究所による整理。味と場所が結びつくと、商品が旅の理由になります。
地ビールブームが一度失速したのは、地域名を付けただけで中身が伴わない商品が増えたからでした。話題性だけでは続きません。
いま残っている醸造所は、味で選ばれています。地域名は入口であって、理由にはならないという教訓が共有されました。
「おいしい」を再現できることが、ファンの信頼になる
クラフトビールは個性が魅力ですが、品質が毎回大きく違えば、次の購入に不安が残ります。COEDOが世界25か国へ輸出し、国際コンテストで評価された背景には、職人性と製造管理を両立する努力があります。
受賞歴はきっかけになりますが、ファンを戻すのは一杯を飲んだときの納得感です。新しさを出しながら、好きになった味を守る。その積み重ねが、偶然の購入を習慣へ変えます。
品質への信頼は、味が一切変わらないことだけを意味しません。原料や製法を変えるなら理由を説明し、飲み手が違いを確かめられるようにする。問題が起きたときは販売店任せにせず、保管や交換の案内を早く出す。期待と結果のずれに向き合う態度まで含めて、定番への安心が育ちます。
限定品は、新しい香りや地域の素材を試す実験場になります。ただし限定品ばかりになると、気に入った味を買い直せません。定番で帰る場所を作り、限定品で次の発見を渡す。二つの棚を役割分担させることが、収集の熱と日常の飲用を両立させます。
販売店も品質体験の一部です。冷蔵が必要な商品を適切に扱い、製造時期や味の特徴を説明できれば、作り手が遠くても期待をそろえられます。醸造所は売った時点で終わりにせず、保管方法、提供温度、問い合わせ先を流通先と共有する。最後の一杯まで設計することで、土地から離れた場所でもブランドの約束を守れます。
ローカルブランドの二つの価値
川越や木内酒造など、作られた場所の背景を知る。
物語を知らない日でも、品質が再購入の理由になる。
よなよなエールは、ファンが集まる「よなよな時間」を売る
ヤッホーブルーイングのよなよなエールは、夜にゆっくり飲むという名前から、日常の飲み方まで提案しています。店頭で商品を置くだけでなく、イベントやコミュニティを通じて、好きな人同士が語れる場を作ってきました。
ファンは味の評価だけでなく、会社のユーモアやスタッフとの距離感にも愛着を持ちます。商品を買う行動を、仲間と過ごす時間へ変換することが、ブランドを「推し」に近づけます。
集まる場では、詳しい人だけが楽しめる設計にしないことも重要です。香りの感じ方に正解を置かず、少量で試す、ノンアルコールの選択肢を置く、途中からでも参加できるようにする。飲酒量ではなく発見や会話を参加の基準にすれば、健康や体質に合わせてブランドとの関係を持てます。
コミュニティの親しさは強みですが、常連だけに通じる会話が増えると初参加者には壁になります。スタッフが最初の注文を案内し、一人で来た人にも話す・静かに飲むを選べるようにする。内輪の盛り上がりを否定せず、その外側に新しい人が座れる席を残すことが、ファンの輪を閉じない運営です。
TASTING EXPERIENCE初めての人も参加しやすい試飲の4条件
- 味の違いを専門用語だけで説明しない
- 少量や飲まない選択を自然に用意する
- 購入を急かさず、好みに合う定番を案内する
- 地域の食や場所へ興味を広げる情報を添える
世界へ行くとき、ローカルの輪郭を薄めない
海外展開では、現地の味覚や流通に合わせる必要があります。一方で、どこで作られた何者なのかが分からなくなると、大手商品との違いが消えます。COEDOや常陸野ネストは、日本のクラフトという文脈を保ちながら、飲み方を現地へ開いています。
翻訳するのは商品名だけではありません。土地の物語を、現地の人が自分の体験として語れる形にする。バー、料理、音楽、旅行との接点が、輸出をファンづくりへ広げます。
現地での入口は、日本で通じる分類や飲み方と同じとは限りません。料理との組み合わせ、温度、提供するグラスなど、その土地で理解しやすい使い方へ翻訳する一方、発祥地と作り手の考えは曖昧にしない。この調整によって、異国情緒の一度買いではなく、自分の暮らしに置ける商品になります。
輸出先の反応を日本側へ返すことも、ブランドを豊かにします。海外の店が提案した料理との組み合わせや、現地ファンの楽しみ方を公式が紹介すれば、物語は一方向の発信ではなくなります。地域から世界へ、世界から地域へ学びが戻る循環が、ローカルの輪郭を保ちながら市場を広げます。
世界展開の成否は出荷先の数だけでは測れません。どの店で誰が説明し、飲んだ人が次にどの商品を選べたかを見る必要があります。現地の販売者を単なる納品先ではなく、ブランドを翻訳する仲間として支えれば、短期の話題が地域での定着へ変わります。その声を商品説明や次の企画へ反映することが、遠い市場でも顔の見える長い関係を育てます。
旅先で初めて飲んだ人が、帰宅後にもう一度注文し、誰かへすすめる。その小さな再購入が、地域の物語を国境の向こうへ運びます。
まとめ:推されるローカルブランドは、味と物語を一緒に届ける
- 失敗を学んだ地ビールブームが品質と継続の重要性を示した。
- 土地を言葉にした川越の風土を、世界で選べるブランドへ変えた。
- 場を作った飲む・語る・集まる体験がファンを育てた。
ローカルブランドがグローバルに推されるために必要なのは、規模を大きく見せることではありません。おいしさを守り、土地の物語を語り、ファンが誰かにすすめたくなる時間を作ること。ビールの向こう側にある関係が、ブランドを長くします。

