代表戦の熱を、次の週末のJリーグへつなげたい
ワールドカップで日本代表を応援しても、その熱が自動的にJリーグ観戦へ移るわけではありません。代表選手の多くが海外クラブでプレーし、地元のクラブへ行く理由を見つけられない人もいます。大きな大会の盛り上がりと、日常の観戦には距離があります。
距離があること自体は、以前から知られていました。問題は、その距離を埋める方法が「試合を宣伝する」以外に見つかっていなかったことです。
Jリーグに必要なのは、サッカーの制度を詳しく説明することより、初めての人がスタジアムへ行く小さな理由です。好きなものを入口に、「あなたの街にも応援できるチームがある」と伝える。その役割を担ったのがポケモンとの企画です。
この断絶は、Jリーグに限った話ではありません。国際大会で盛り上がった競技が、その後の国内リーグにつながらない例はいくつもあります。熱があるうちに次の行き先を示せるかどうかが分かれ目です。
難しいのは、代表戦を見た人の多くが「サッカーが好き」なのではなく「日本代表を応援するのが好き」だという点です。別の対象を勧めるのではなく、同じ気持ちで行ける場所を示す必要があります。
大きな熱狂を、日常の応援へ変える
国際大会で一気に盛り上がり、多くの人が同じ試合を見る。
週末に通い、選手や街との関係を長く育てる。
「Jリーグは進化する」――制度変更を、ポケモンの言葉で伝える
企画のキーワードは「EVOLUTION(進化)」です。ポケモンにとって進化は、姿が変わり、次の強さへ進む分かりやすい物語です。Jリーグが新しい時代へ動くことを、制度や日程の説明だけでなく、一言のイメージへ変えました。
言葉を借りるという発想は、他の分野でも使えます。自分たちの業界用語で説明するより、相手がすでに知っている概念に乗せたほうが早く伝わります。
コラボが成功するには、ロゴを二つ並べる以上の接点が必要です。両方のブランドが大切にする言葉を一つ見つけると、それぞれのファンに「なぜこの組み合わせなのか」を説明できます。
制度の説明は、たいてい伝わりません。シーズンの移行、勝点の仕組み、クラブライセンス。関心のある人には重要でも、そうでない人には理由のない変更に見えます。
一つの言葉に置き換えるやり方は、正確さを犠牲にします。それでも、まったく伝わらないよりはいい。細かい説明の前に、方向だけを共有する判断だと考えられます。
60クラブへ60ポケモン。全国企画なのに、地元の推しが立つ
J1・J2・J3の60クラブへ、それぞれ違うポケモンが割り当てられました。全国で同じピカチュウだけを使うのではなく、クラブの地域、色、名前、特徴とつながるポケモンを選ぶことで、ファンは「うちのクラブのポケモン」を持てます。
六十通りを用意する手間は、単純に六十倍ではありません。それぞれに理由づけが要り、権利の確認も要る。手間の量を考えると、かなり思い切った選択です。
その手間を引き受けたからこそ、どのクラブのファンも自分ごととして受け取れました。効率を優先していれば、全国共通の一種類になっていたはずです。
全国共通の企画は規模を作れますが、どこでも同じに見える弱さがあります。地域ごとの組み合わせは、大きなキャンペーンの中に、60個の小さな自分ごとを作りました。ポケモンからクラブへ、クラブから別のポケモンへと入口も増えます。
組み合わせを決める作業自体も、話題を生みます。なぜこのクラブにこのポケモンなのか。理由を探す会話が、クラブの特徴を知るきっかけになります。
自分の街の組み合わせに納得できないという反応さえ、関心の表れです。意見が出るということは、自分ごとになっている。無反応よりはるかに良い状態です。
- 01ポケモンが好きサッカー未経験でもOK
- 02地元のポケモンを知るクラブ名と出会う
- 03スタジアムへ行く無料配布がきっかけ
- 04選手と街を知る新しい推しができる
- 05次の試合へ戻る日常の応援になる
ポケモンから入っても、サッカーから入っても、もう一つの文化へ進める設計です。
クラブには子どもや家族、ポケモンファンとの接点が増えます。ポケモンには、全国の地域と実際に会える場所が増えます。
どちらかが相手の人気へ乗るのではなく、お互いの入口を交換するから、ファンにも企画の意味が伝わります。
100万人へ無料配布。希少性より、最初の一歩を選んだ
ピカチュウと各クラブのポケモンを描いたエコバッグを、来場者合計100万人へ無料で渡す。少ない限定品を高く売るのではなく、これまでスタジアムへ来なかった人にも届く数を用意しました。
エコバッグという選択にも意味があります。飾るものではなく使うものなので、家に持ち帰ったあとも目に入ります。日常で使われる回数だけ、接点が続きます。
飾るだけのグッズは、しまわれた時点で接点が切れます。使うものを選んだのは、その後の時間まで含めた判断でしょう。
外で使えば、周りの人の目にも入ります。持っている本人だけでなく、見た人への広がりも計算に入っているはずです。
無料は、価値がないという意味ではありません。チケットを取り、場所を調べ、実際にスタジアムへ行く行動が必要です。商品代の代わりに、「初めて来る」という参加を受け取る。Jリーグ側は、その後の観戦や地域との関係へ投資しています。
この投資が回収できるかどうかは、来た人が二度目に来るかで決まります。配布した数ではなく、その後の来場者数で評価されるべき施策です。
無料配布には、来場という条件が付いています。ここが通販との決定的な違いです。受け取るには実際にスタジアムまで行く必要があり、その移動こそが目的になっています。
一度行った場所は、二度目のハードルが大きく下がります。行き方が分かり、雰囲気が分かり、次はどの席にするか想像できる。最初の一回を作ることに、これだけの費用をかける価値がある。
「ランダムではない」から、自分の街を安心して選べる
ランダム商品は、開ける楽しさがある一方、欲しい絵柄へたどり着くまでの負担があります。2026年の消費者意識調査では、ランダムグッズを「嫌い・非常に嫌い」と答えた人が89.9%でした。
この企画では、クラブと配布される絵柄の関係が事前に分かります。遠征して別のクラブも集めるか、地元の一つを大切にするかは、自分で選べます。集める楽しさを残しながら、何が出るか分からない不安をなくす設計です。
ランダムにしなかった判断は、収益の面では不利にも見えます。集めるための重複購入が起きないからです。しかしこの企画の目的は売ることではなく、来てもらうことでした。
欲しいものが決まっていれば、遠征する人も出ます。どのクラブの試合に行けば何がもらえるか分かるので、計画が立てられます。
目的が違えば、最適な売り方も変わります。売上を最大化する設計と、来場者を最大化する設計は別のもの。ここを混同すると、どちらも中途半端になります。
ポケモンにとっても、地域と次の世代へ会う機会になる
ポケモンはゲームや映像の中だけでなく、自治体、乗り物、店舗など、実際の場所との接点を作ってきました。Jリーグのクラブは全国にあり、地域の子ども、家族、学校、商店と長い関係を持っています。
全国60クラブとの企画は、ポケモンがそれぞれの街で思い出になる機会です。大きなIPが地域の器へ入り、地域のクラブが世界的IPの入口になる。この双方向性が、単発の広告を越える価値を作ります。
デジタルで完結するコンテンツにとって、実際に人が集まる場所は貴重です。ゲームや動画では届かない体験を、既存の会場を借りて作れます。
子ども向けの入口としても、スタジアムは有効です。家族で行ける場所であり、長時間そこにいる。短い接触より記憶に残ります。
しかも相手は全国六十か所。自前でこれだけの拠点を用意するのは現実的ではありません。お互いが持っていないものを交換しているから、この組み合わせが成立しています。
まとめ:売る前に、推しと出会う場所を配る
- 言葉でつなぐ「進化」が、ポケモンとJリーグの変化を一つにした。
- 地域で選べる60クラブそれぞれのポケモンが、自分の街の物語を作った。
- 入口へ投資する100万個を売らずに配り、初観戦の理由へ変えた。
この企画が配っているのは、エコバッグだけではありません。ポケモンが好きな人には地元クラブとの出会いを、サッカーファンには新しいポケモンとの出会いを渡しています。商品を売る前に、応援したい対象と会える場所を作る。推し活コラボの大きな可能性が見えます。
この企画から学べるのは、規模の大きさではありません。売る前に出会いを作るという順番と、参加できる人を絞らない設計。予算の桁が違っても、その考え方は真似できます。
逆に言えば、多くの企画は順番が逆になっています。まず売る場を作り、興味を持ってもらう工夫はそのあと。出会っていない人に売ろうとしている状態になりがちです。

