推し活×歴史

推し活クロニクル 1970年代|『スター誕生!』と親衛隊(しんえいたい)、カセットで音楽を持ち歩く時代へ、『宇宙戦艦ヤマト』から広がるアニメ熱

1970年代、日本ではテレビのオーディション番組からアイドルが生まれました。会場で声援の掛け方などをそろえて応援するファングループ「親衛隊」が活動したのも、この時代です。

テレビで推しを知り、会場へ出かけ、ファン同士で応援を工夫する。アニメや漫画のファンが、自分たちで作った本を持ち寄る催しも始まります。年代の終わりには、カセットで音楽を持ち歩くウォークマンが登場しました。

応援用のリボンを手作りする1970年代の女性たち

『スター誕生!』で、歌手のデビューまでを見守る

1971年10月3日、日本テレビで『スター誕生!』が始まりました。作詞家の阿久悠あくゆうが企画した、視聴者参加型の歌手オーディション番組です。番組50周年の記事

番組では、デビュー前の出場者が歌い、審査を受ける過程が放送されました。デビュー前のオーディションの段階から応援できるのが、こうした番組の新しさです。

番組出身の「花の中三トリオ」
1972年7月森昌子もりまさこ
「せんせい」でデビュー。
1973年2月桜田淳子さくらだじゅんこ
「天使も夢みる」でデビュー。
1973年5月山口百恵やまぐちももえ
「としごろ」でデビュー。

3人は同学年で、1973年の番組100回記念特番で「花の中三トリオ」と名付けられました。雑誌の特集でも、この呼び名が広まります。週刊女性PRIME

男性歌手では、郷ひろみごうひろみ、西城秀樹さいじょうひでき、野口五郎のぐちごろうが「新御三家」と呼ばれて人気を集めました。グループ名のような呼び名ですが、3人はそれぞれソロ歌手です。新御三家の記録

アルバムを繰り返し聴く。フォークやバンドも人気に

1971年1月、ザ・タイガースが日本武道館での公演を最後に解散します。メンバーの沢田研二さわだけんじは同年にソロデビューし、1977年には「勝手にしやがれ」で日本レコード大賞を受賞しています。「ジュリー」の愛称で親しまれ、バンド時代から引き続き応援するファンもいました。ザ・タイガース/沢田研二

一方、自ら曲を作って歌う歌手も注目されます。井上陽水いのうえようすいが1973年に発売した『氷の世界』は、1975年に日本のLPレコードで初めて100万枚を超えました。LPは複数の曲をまとめて収録したレコードです。『氷の世界』の記録

推しのヒット曲だけでなく、一枚に収録されたほかの曲も聴く。アルバムは、その人の歌や曲作りをまとまった形で楽しめる商品でした。

荒井由実あらいゆみは1972年にデビューし、1975年の「あの日にかえりたい」がヒット。1976年に松任谷由実まつとうやゆみへ改姓しました。1978年にはサザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビューし、電子楽器を使うYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)も結成されます。歌謡曲やアイドルと並んで、ファンが聴く音楽の種類も広がっていきました。荒井由実/サザンオールスターズ/YMO

全キャン連と親衛隊。ファン同士で応援を組織する

キャンディーズは1973年、「あなたに夢中」でレコードデビューしました。1975年10月には、蔵前国技館で「キャンディーズ1万人カーニバル」が開かれます。この実行委員会をもとに発展したのが、全国キャンディーズ連盟、通称「全キャン連」です。全キャン連の記録

各地域のファンを結び、会報を出したり、遠征したりする組織でした。当時の北陸支部に所属した石黒謙吾いしぐろけんごのインタビューには、地域を越えた交流や公演へ出かけた経験が残っています。当時の参加者の証言

同じころ、アイドルの公演では「親衛隊」と呼ばれる私設の応援団も活動していました。そろいの服装や、タイミングを合わせた掛け声が特徴です。親衛隊の記録

今のファン同士の交流や、会場で声をそろえる応援にもつながる行動です。当時はSNSがなく、会報や実際の集まりが、仲間と連絡を取る手段になっていました。

歌番組へのリクエストと、雑誌の歌詞付録

1978年1月、TBSで『ザ・ベストテン』が始まりました。毎週木曜の生放送で楽曲の順位を発表し、各地にいる歌手を中継で結ぶ音楽番組です。はがきや電話のリクエストも順位に反映されました。番組の記録

ファンにとっては、推しが出演するのを待つだけでなく、リクエストを送って順位を応援できる番組でした。

深夜ラジオの『オールナイトニッポン』では、1970年代に吉田拓郎よしだたくろう、タモリ、松山千春まつやまちはる、中島みゆきなかじまみゆきなどが番組を担当します。歌を聴くのとは別に、本人の話し方や日常の話を楽しむ時間もありました。出演者の記録

雑誌では『明星』1975年11月号が同誌最高の175万部、『平凡』1974年2月号が創刊以来最高の153万部を記録しています。これらは雑誌の部数で、ファンの人数そのものを表す数字ではありません。『明星』の記録/『平凡』の記録

『宇宙戦艦ヤマト』の映画と、同人誌を持ち寄るコミケ

1974年にテレビ放送された『宇宙戦艦ヤマト』は、1977年に劇場版が公開され、映画館に行列ができるほどの人気となりました。翌1978年には続編『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』も公開されます。バンダイナムコフィルムワークス

作品を見るだけでなく、ファンが自分たちの本を作って発表する場も育っていました。1975年12月に始まったコミックマーケット、通称「コミケ」です。同人誌は、個人や仲間で制作・発行する本を指します。

初期コミケの広がり
1975年12月・第1回32サークル
参加者は推定700人。少女漫画のファンが多く参加しました。
1977年アニメの同人誌も増加
準備会の記録にも『宇宙戦艦ヤマト』ブームの影響が記されています。
1979年12月・第13回290サークル
参加者は約4,000人。ガンダムのコーナーも混雑しました。

コミックマーケット準備会の年表

好きな作品の感想や、自分たちで描いた漫画を本にし、同じ作品を好きな人へ直接届ける。今のファンによる創作活動につながる催しが、この時期から続いています。

ウォークマンが発売され、カセットの音楽を外でも聴く

1979年7月1日、ソニーは初代ウォークマン「TPS-L2」を33,000円で発売しました。カセットテープとヘッドホンを使う、小型の音楽再生機です。ソニー・発売20周年の記録

それ以前にも携帯ラジオなどはありましたが、ウォークマンならカセットに入れた自分の聴きたい曲を外出先で再生できました。現在のスマートフォンで推しの曲を持ち歩く楽しみに、機能の面で近い製品です。

街で流行したのが、1978年にタイトーが発売したゲーム「スペースインベーダー」です。ゲームセンターや喫茶店に置かれた機械で遊ぶもので、外出先の娯楽には音楽以外の選択肢も増えていました。スペースインベーダーの解説

この10年の主な出来事

ファンが連盟を作り、自分で本を作り始めた10年
  1. 1971年ザ・タイガースが武道館公演を最後に解散音楽
  2. 1971年『スター誕生!』放送開始(日本テレビ)メディア
  3. 1972年森昌子(もりまさこ)「せんせい」でデビュー。キャンディーズ命名アイドル
  4. 1973年桜田淳子(さくらだじゅんこ)・山口百恵(やまぐちももえ)デビュー、花の中三トリオ命名アイドル
  5. 1973年井上陽水(いのうえようすい)『氷の世界』発売、LP初の100万枚へ音楽
  6. 1974年『宇宙戦艦ヤマト』テレビ放送開始アニメ
  7. 1975年「キャンディーズ1万人カーニバル」とコミケ第1回ファン
  8. 1976年ピンク・レディー「ペッパー警部」でデビューアイドル
  9. 1977年キャンディーズ解散宣言、『ヤマト』劇場版公開アイドル/アニメ
  10. 1978年『ザ・ベストテン』放送開始、前夜祭21.4%メディア
  11. 1978年サザンオールスターズがメジャーデビュー音楽
  12. 1978年ピンク・レディー「UFO」が日本レコード大賞音楽
  13. 1979年『機動戦士ガンダム』放送開始、ウォークマン発売アニメ/ビジネス

この時代の言葉

この時代の芸能と暮らしの言葉
全キャン連
全国キャンディーズ連盟。単独のファンクラブを超えた横断組織の呼び名
普通の女の子に戻りたい
1977年のキャンディーズ解散宣言の言葉。当時の流行語になったと伝えられる
ジュリー
沢田研二(さわだけんじ)の愛称。ザ・タイガース時代から使われ、ソロ期にも定着した
コミケ/同人誌
コミックマーケットの略称と、参加者が自分で作って頒布する本を指す言葉

図には、歌手の愛称や応援組織の略称が並びます。「同人誌」は1970年代に生まれた言葉ではありませんが、この時期に始まったコミケでも使われてきた言葉です。

次の1980年には、松田聖子と田原俊彦がデビューし、テレビの歌番組で新しいアイドルが注目されます。ガンダムのプラモデル「ガンプラ」の発売も、この年です。

推し活年表

よくある質問

1970年代は推し活史でどんな10年でしたか?

テレビのオーディション番組が素人をスターに変え、ファンが「連盟」という横断組織と同人誌即売会を自分たちで作り始めた10年です。10年の最後には音楽を持ち歩くウォークマンが登場しました。

『スター誕生!』はどんな番組でしたか?

1971年10月に日本テレビで始まった視聴者参加型の歌手オーディション番組です。森昌子(もりまさこ)、桜田淳子(さくらだじゅんこ)、山口百恵(やまぐちももえ)、ピンク・レディーなどを送り出しました。

全キャン連とは何ですか?

全国キャンディーズ連盟の略で、ファンクラブの支部を横につないだファン主導の組織です。1975年10月の「キャンディーズ1万人カーニバル」の実行委員会を母体に生まれたとされます。

1970年代の音楽シーンで何が新しかったのですか?

歌謡曲とアイドルの隣に、フォークとニューミュージックが育ちました。井上陽水(いのうえようすい)『氷の世界』は日本のLPで初めて100万枚を超え、1978年にはサザンオールスターズとYMOが同じ年に活動を始めています。

コミックマーケットは1970年代にどこまで大きくなりましたか?

準備会の年表によると、1975年12月の第1回は32サークル・約700人、1979年の第13回は290サークル・約4,000人でした。同会の記録には、1978年ごろから仮装をして歩く参加者が現れたことも記されています。

ウォークマンは推し活に何を変えましたか?

カセットに入れた音楽を、外出先でもヘッドホンで聴けました。1979年7月発売の1号機は33,000円でした。