推し活クロニクル 1960年代|ビートルズが初来日。茶の間のテレビと、300超のグループサウンズ、深夜ラジオが若者の楽しみに
1960年代、日本ではテレビが家庭に広まり、歌手やアニメのキャラクターが茶の間で親しまれるようになりました。1963年には、少年の姿をしたロボットが主人公のテレビアニメ『鉄腕アトム』が始まります。
1966年にはイギリスの人気バンド、ビートルズが来日。国内でもバンドが次々に登場し、テレビで推しを見つけて、公演へ出かける楽しみが広がっていきました。

「御三家」の歌手たちと、世界でヒットした坂本九
橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦は「御三家」と呼ばれ、若い女性ファンを集めました。橋は1960年に「潮来笠」で日本レコード大賞の新人賞を受賞。舟木の「高校三年生」、西郷の「君だけを」もデビュー曲として人気を得ます。日本作曲家協会・1960年/1963年
歌手の姿を続けて見られる番組もありました。1961年に始まった音楽バラエティ『シャボン玉ホリデー』は、双子デュオのザ・ピーナッツが中心となった番組です。毎週の放送で、歌とともに出演者の個性も親しまれました。番組の記録
海外では、坂本九の「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」の題でヒット。1963年6月、米ビルボードの総合シングルチャートHot 100で、3週連続1位を記録しました。ユニバーサル ミュージック
日本で聴いていた歌が、海外でも注目される。推しの活躍を国内の番組や賞だけでなく、海外のチャートから知る出来事でもありました。
グループサウンズが流行し、バンドにも推しができる
1960年代後半には、エレキギターやドラムで演奏するバンドの音楽が「グループサウンズ」、略して「GS」と呼ばれて流行しました。最盛期には300を超えるグループがあったとされます。グループサウンズの記録
- ザ・スパイダース「夕陽が泣いている」
- 1966年のヒット曲。GSブームを代表するバンドの一つとなりました。
- ザ・タイガース「花の首飾り」
- 1967年に「僕のマリー」でデビュー。翌年にはこの曲がヒットします。
- ザ・テンプターズ「エメラルドの伝説」
- 1968年にオリコン1位を記録。ボーカルの萩原健一も人気を集めました。
バンド全体の曲や演奏を好きになり、その中でも特定のメンバーに注目する。今のグループを応援する際にも見られる楽しみ方です。ファンはレコードを買い、公演へ足を運びました。
ビートルズが武道館で公演。国内のバンドも同じ舞台へ
日本武道館は、1964年の東京オリンピックで柔道競技を行う施設として開館しました。もともとは、武道のために建てられた会場です。日本武道館
1966年6月30日から7月2日、ビートルズはここで計5公演を行いました。1公演は約35分、11曲。公演への反対意見も出る中、厳重な警備のもとで開催されました。来日公演の記録
レコードやテレビで知った演奏を、本人のいる会場で聴く。武道館での公演は、ファンが同じ場所に集まって音楽を楽しむ大きな機会となりました。
テレビで毎週、アトムやウルトラマンを見る
1963年1月、テレビアニメ『鉄腕アトム』が始まりました。手塚治虫公式サイトは、日本初の長編テレビ用連続アニメとして紹介しています。最高視聴率は40.7%でした。手塚治虫公式サイト
同年には東映動画の『狼少年ケン』、1966年には特撮番組『ウルトラマン』も放送を始めます。アニメや特撮の主人公を、毎週の番組で見られるようになりました。東映アニメーション/怪獣ブームの解説
怪獣図鑑や、柔らかいプラスチック製の「ソフビ人形」も、人気を集めた品です。番組を見て好きになったキャラクターを、本で調べたり、人形で手元に置いたりする楽しみが広がりました。
こうした番組の普及には、テレビを持つ家庭の増加も関わっていました。中央調査社が紹介する白黒テレビの世帯普及率は、1959年の25.5%から1969年の92.7%へ上昇しています。中央調査社
歌番組も多くの家庭に届き、1963年の紅白歌合戦は関東地区の世帯視聴率81.4%を記録しました。これは人の割合ではなく、調査対象の世帯をもとにした数字です。視聴率の記録
映画館の観客は減少し、野球中継も家庭の楽しみに
1960年に年間約10億1,400万人だった映画館の延べ入場人員は、1969年には約2億8,400万人へ減りました。映画館数も7,457館から3,602館となっています。テレビが普及したこの時期、映画館の利用は大きく減少しました。日本映画製作者連盟
一方、プロ野球では読売ジャイアンツが1965年から日本シリーズ9連覇を達成します。「V9」と呼ばれるこの記録は、1973年まで続きました。読売ジャイアンツ
球場での観戦に加え、テレビで試合を見て選手やチームを追う楽しみが家庭へ広まりました。歌手やキャラクターと同様に、スポーツ選手も日々の放送で身近に感じられる存在になっていきます。
深夜ラジオへの投稿と、音の出る雑誌
1967年には、TBSラジオの『パックインミュージック』、ニッポン放送の『オールナイトニッポン』が始まりました。深夜の放送では、出演者の語りやリスナーの投稿も番組の楽しみになります。深夜放送の記録
レコードを付けた雑誌もありました。1960年創刊の『朝日ソノラマ』などは、薄いシート状のレコード「ソノシート」を付録にしています。アニメや特撮の歌を、雑誌と一緒に手に入れることもできました。国立国会図書館
漫画誌では、1968年7月に『少年ジャンプ』が月2回刊で創刊され、翌年に週刊化されます。テレビを楽しむ一方で、好きな作品の続きを雑誌で追う習慣も続いていました。集英社・創刊55周年の記事
この10年の主な出来事
- 1960年第2回日本レコード大賞、橋幸夫が「潮来笠」で新人賞音楽
- 1961年6月『シャボン玉ホリデー』放送開始、ザ・ピーナッツが主役にメディア
- 1963年1月『鉄腕アトム』放送開始(虫プロダクション制作、フジテレビ系)アニメ
- 1963年6月坂本九「上を向いて歩こう」が米ビルボードで1位音楽
- 1963年11月東映動画『狼少年ケン』放映開始、同社初のテレビシリーズアニメ
- 1963年12月第14回NHK紅白歌合戦、視聴率81.4%メディア
- 1964年9月銀座みゆき通りの「みゆき族」が一斉補導されるファン
- 1964年10月日本武道館が開館、東京オリンピックの柔道競技会場にスポーツ
- 1964年10月東京オリンピック開幕、日本は金16・銀5・銅8を獲得スポーツ
- 1965年読売ジャイアンツの日本シリーズ9連覇(V9)が始まるスポーツ
- 1966年6〜7月ビートルズが初来日し、日本武道館で5公演音楽
- 1966年7月『ウルトラマン』放送開始、第1次怪獣ブームへアニメ
- 1967年2月ザ・タイガース「僕のマリー」でデビュー音楽
- 1967年10月ニッポン放送『オールナイトニッポン』放送開始メディア
- 1968年3月ザ・タイガースが日本人バンドとして初の武道館公演音楽
- 1968年5月集英社「少年ジャンプ」創刊(月2回刊)メディア
この時代の言葉
- 御三家
- 橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の3人を指した呼び名。10代の女性ファンの支持を集めた
- グループサウンズ
- エレキギターを中心にしたバンド編成の歌謡曲。1966年前後から一大ブームに
- みゆき族
- 1964年に銀座みゆき通りに集まった若者たち。独特の服装で知られた
- 怪獣ブーム
- 『ウルトラQ』『ウルトラマン』を発端とする怪獣人気。図鑑やソフビ人形が広まった
図の「みゆき族」は、1964年に銀座のみゆき通りに独特の服装で集まった若者の呼び名です。特定の歌手のファン組織を指す言葉ではありません。みゆき族の記録
次の1970年代では、アイドルの応援組織やアニメのファン活動が広がり、カセットで音楽を持ち歩く楽しみも登場します。
よくある質問
1960年代は推し活史でどんな10年でしたか?
テレビが応援の中心になった10年です。白黒テレビの世帯普及率は1959年の25.5%から1969年に92.7%へ伸び、毎週決まった時間に、画面で推しの出演を楽しむ人が増えました。
御三家とは誰のことですか?
1960年代に10代の女性ファンから支持を集めた橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の3人を指す呼び名です。橋幸夫は1960年の第2回日本レコード大賞で「潮来笠」により新人賞を受けています。
グループサウンズはどれくらいの規模のブームでしたか?
1967年から1969年にかけて大流行し、最盛期には300を超えるグループがあったとされます。1968年の夏だけで100を超えるグループがレコードデビューしました。
ビートルズの来日公演はいつ行われましたか?
1966年6月29日から7月3日にかけて来日し、日本武道館で6月30日夜、7月1日の昼夜、7月2日の昼夜と計5公演を行いました。1公演は約35分・11曲だったと紹介されています。
1960年代のファンはどうやってつながっていたのですか?
ファンクラブの会報と文通、雑誌の投稿欄、そしてファンレターです。1967年には深夜ラジオが始まり、はがきを送って自分の言葉が電波に乗る場が加わりました。
1960年代のテレビアニメはどこから始まりましたか?
1963年1月1日にフジテレビ系で放送が始まった『鉄腕アトム』が日本最初の長編テレビ用連続アニメとされます。日本国内での最高視聴率は40.7%を記録しました。



