推し活×歴史

推し活クロニクル 平安時代|更級日記の作者が推した『源氏物語』。和歌・行列・今様に夢中になった人々

家族が楽しそうに話している物語を、自分でも読んでみたい。ようやく本を手に入れたら、その世界に夢中になる。約1000年前の『更級日記(さらしなにっき)』には、そんな少女時代の思い出が残っています。

好きな作品を一気読みする、目当ての人の出番を待つ、歌を覚えて口ずさむ。平安時代の人たちが夢中になった物語や催しを、今の私たちの楽しみ方に重ねてたどってみましょう。

物語、和歌、行列見物、流行歌を楽しむ平安時代のイメージ

① 更級日記の作者が推した『源氏物語』

『更級日記』の作者は、少女時代、姉や継母が語り合う物語を聞いていました。話の続きや登場人物のことを、もっと知りたい。その憧れの先にあったのが『源氏物語』です。

この女性は、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)と呼ばれています。「菅原孝標という人の娘」という意味で、本人の名前は伝わっていません。『更級日記』は、彼女が大人になって少女時代からの人生を振り返った作品です。市原歴史博物館の解説

少女が当時暮らしていたのは、いまの千葉県の一部にあたる上総(かずさ)でした。都で読まれている物語の話を聞いても、スマホで検索したり、本屋で全巻そろえたりはできません。物語の本は、一冊ずつ人が手で書き写した「写本」。まずは、その本を持っている人と出会う必要がありました。

やがて憧れの『源氏物語』を手に入れると、彼女は読みふけります。憧れの作品が、自分の大切な「推し」になる。今、好きな漫画の続きを夢中で読む気持ちにも重なります。 国文学研究資料館も、『更級日記』を当時の読者の熱中ぶりがわかる資料として紹介しています。

『源氏物語』は、光源氏らの恋愛や人間関係を描いた長い物語です。登場人物のその後が気になって、読む手が止まらない。彼女の読書の熱には、今の物語好きにも覚えのあるものがありそうです。

② 出番と勝負に夢中。宮廷の「歌合わせ」

物語を読む楽しみがある一方、宮廷には言葉の出来栄えを競う「歌合わせ」という催しもありました。

好きな歌人は、どんな作品を出すのか。勝負はどちらに決まるのか。今の紅白歌合戦で、推しの出番と応援する組の勝敗を楽しみにするように想像すると、会場の様子が少し身近になります。

歌合わせは、左右の二組に分かれ、同じお題で作った和歌を一首ずつ出し合う催しです。和歌は、五・七・五・七・七の形で気持ちや景色を表す短い詩。判定役が作品を比べ、勝敗を決めました。東京国立博物館の歌合わせ解説

たとえば「春」というお題なら、花の美しさを詠む人も、別れの寂しさを詠む人もいるでしょう。同じテーマに、どんな言葉で答えるかが腕の見せどころです。

紅白と重なるのは、二組の出番や勝敗を見守る面白さです。歌合わせで比べるのは、歌声ではなく詩の言葉。 ここを押さえておけば、「昔の歌番組かな?」という想像から、当時の楽しみ方へ一歩近づけます。

五島美術館に伝わる記録には、お題、左右の和歌、一部の判定も残っています。今ならコンテストの作品と審査結果をあとで見返すように、どんな作品が並んだのかを読めます。五島美術館の収蔵品解説

勝った側が舞を舞い、負けた側がもてなす例もありました。勝負をつけたあとの交流まで含む催しだったことがわかります。神奈川県立図書館の調査回答(レファレンス協同データベース)

③ 「推しがよく見える場所がいい」。『源氏物語』の行列見物

推しが出演するパレードを見に行くなら、どこに立つかは気になります。人の後ろで姿が見えないより、顔がよく見える場所にいたい。その場所を急に押しのけられたら、楽しみにしていた気持ちもしぼんでしまいそうです。

『源氏物語』の「葵」という巻にも、見物場所をめぐる衝突が描かれています。ここからは、物語の中での出来事です。

光源氏が、祭りに先立つお清めの行列に参加する日。恋人の六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)も、彼の姿を見ようと出かけました。貴族の見物客は、牛が引く乗り物、牛車(ぎっしゃ)に乗っています。車ごと場所を取るので、沿道は混み合っていました。同志社女子大学「葵祭と『源氏物語』」

そこへやって来たのが、光源氏の妻・葵の上の一行です。妻の付き人たちは、見物場所を確保しようと、恋人である六条御息所の車を押しのけてしまいます。これが「車争い」です。同志社女子大学の解説

登場人物の関係を整理すると、見たい相手が光源氏、押しのけられたのが恋人、あとから来たのが妻の一行です。六条御息所にとっては、見えにくくなるだけでなく、好きな人の妻側から人前で軽く扱われる屈辱でもありました。

今の推し活に重ねられるのは、「目当ての人を少しでもよく見たい」という部分です。この場面には恋愛関係や身分の問題もあるので、ファン同士の場所取りと同じ話ではありません。それでも、見る位置によって一日の気分まで変わることは、今のイベントでも想像できます。

④ 好きな曲を歌えるようになりたい。後白河法皇の音楽熱

好きな曲を何度も聴き、カラオケで歌ってみる。うまく歌えないところは、もう一度聴いて覚える。聴くだけでは足りず、自分でも同じように歌いたくなることがあります。

平安時代の終わりごろ、そんな音楽好きの姿に重ねて見られる人物がいました。後白河法皇(ごしらかわほうおう)です。天皇を退き、出家したあとも政治に強い力を持っていた人でした。

夢中になったのは、今様(いまよう)という当時の流行歌。「今ふう」という意味の名前です。法皇は、乙前(おとまえ)という女性を師と仰ぎ、さまざまな立場の人から歌を学びました。京都市「今様」

今なら、好きな歌を聴き込むだけでなく、歌の上手な人に習いに行く音楽ファンに近い姿です。 政治の世界では大きな力を持つ人も、歌を学ぶときは教えてもらう側でした。

当時は、音源を保存して好きなところだけ再生する方法がありません。歌い方を覚えるには、歌える人の声を直接聴く必要がありました。今なら再生ボタンで済むことを、人と会い、耳と体で覚えていたわけです。

法皇は、歌詞を梁塵秘抄(りょうじんひしょう)という歌謡集にまとめ、歌を習った経験も書き残しました。歌詞の記録は、当時どんな言葉が歌われていたのかを知る手がかりになっています。京都市の解説

平安時代の推し活年表

和歌を競う催しから、物語に夢中になった読者の記録、後白河法皇の音楽熱へ。平安時代の長い時間の中に、読む・見る・歌う楽しみが残っています。

物語への憧れが、読み手自身の言葉で残った時代
  1. 885年在民部卿家歌合(ざいみんぶきょうけうたあわせ)。記録に残る最古の歌合(うたあわせ)音楽
  2. 905年『古今和歌集』が編まれる(20巻・約1100首)メディア
  3. 960年天徳内裏歌合(てんとくだいりうたあわせ)が20番12題で行われる音楽
  4. 996年頃『枕草子』が源経房の手で世に広まるメディア
  5. 1008年菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が誕生メディア
  6. 1008年『紫式部(むらさきしきぶ)日記』に『源氏物語』最古の記録メディア
  7. 1010年頃藤原公任が『三十六人撰』を編む音楽
  8. 1020年孝標女(たかすえのむすめ)、13歳で帰京。『更級日記(さらしなにっき)』の起点メディア
  9. 帰京後孝標女(たかすえのむすめ)、伯母から『源氏物語』五十余巻(ごじゅうよかん)を贈られるメディア
  10. 1059年頃『更級日記(さらしなにっき)』が成立したとされるメディア
  11. 1087年大江匡房(おおえのまさふさ)が『傀儡子(くぐつし)記』を著す芸能
  12. 12世紀初大江匡房(おおえのまさふさ)『遊女記(ゆうじょき)』、神崎を「天下第一の楽地」と評すビジネス
  13. 12世紀『源氏物語絵巻』が作られる(国宝)メディア
  14. 1158年後白河法皇(ごしらかわほうおう)が乙前(おとまえ)と対面し、今様(いまよう)の師弟となる芸能
  15. 1174年法住寺殿で15夜連続の今様合(いまようあわせ)が催される芸能
  16. 1180年頃『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』が編まれたとされる(現存566首)芸能

平安時代の芸能と流行の言葉

歌を競う「歌合わせ」や、当時の流行歌「今様」。言葉の意味を知ると、何を楽しむ場だったのかが思い浮かびます。

この時代の芸能と暮らしの言葉
歌合(うたあわせ)
歌人を左右に分け、和歌の優劣を競う遊び・行事。平安時代に定着した
御遊(ぎょゆう)
天皇・上皇・公卿(くぎょう)が主催する管弦(かんげん)の集い。祝い事や四季の折々に催された
今様(いまよう)
文字どおり「いまふう」の歌謡。平安後期に流行し、後白河法皇(ごしらかわほうおう)が愛好した
白拍子(しらびょうし)
男装(だんそう)した遊女や子供が今様(いまよう)を歌いながら舞う歌舞。平安末期に成立したとされる

図の「御遊」は、宮廷で音楽を楽しむ集まりです。その説明にある「管弦」は、笛や弦楽器などによる音楽を指します。「今様」は、後白河法皇が夢中になった歌の呼び名でした。

本を一気に読む、好きな作り手の勝負を見守る、目当ての人を見に行く、歌を覚える。平安時代の記録や物語も、こうした場面から読むと、自分の好きなものとの付き合い方に近づいてきます。

次の推し活クロニクル 鎌倉・室町時代では、「一度見た舞台でファンになる」「次の公演も見たい」という気持ちから、将軍と能の演者たちの出会いをたどります。

参考資料

推し活年表

よくある質問

平安時代の楽しみを、今の推し活にたとえると?

『源氏物語』への熱中は漫画の一気読み、歌合わせは紅白で出番や勝敗を見守る感覚、行列見物はパレードの立ち位置、今様の習得は好きな歌を覚えることに重ねられます。当時と今の気持ちや行動を理解するためのたとえです。

歌合わせは、紅白歌合戦と同じものですか?

二組に分かれて作品や勝敗を楽しむ点を、紅白にたとえています。歌合わせは同じお題の和歌を左右から出し合い、言葉の表現を判定する催しで、歌声を競うものではありません。

『源氏物語』の車争いは、ファン同士の場所取りですか?

物語では、光源氏の恋人・六条御息所の車を、妻・葵の上の付き人たちが押しのけます。「好きな人をよく見たい」という気持ちは今にも通じますが、恋愛関係や身分も絡む場面です。

後白河法皇が夢中になった今様とは?

「いまよう」と読む、当時の流行歌です。法皇は乙前らに歌を習い、歌詞を『梁塵秘抄』にまとめました。今なら、好きな曲の歌い方まで覚えたい音楽ファンの熱心さに重ねて考えられます。