『天空の城ラピュタ』の聖地巡礼|友ヶ島の砲台跡と、ロボット兵に会える公式施設【推し活×聖地巡礼】
木々に覆われたれんがの壁や、暗い通路の向こうから差す光。和歌山県の友ヶ島の写真を見ると、ラピュタの庭園を思い出す人がいるのもよくわかります。
ただし、友ヶ島を映画のモデルとする公式な説明は確認できません。スタジオジブリが『天空の城ラピュタ』の制作で大いに参考にした場所として挙げているのは、イギリスのウェールズです。

友ヶ島と公式施設で出会う、八つの風景
1友ヶ島・第3砲台跡|れんがの構造に残る、島の過去

友ヶ島は、沖ノ島・地ノ島・虎島・神島の四つの島の総称です。加太港から観光客が定期船で渡る先は沖ノ島です。写真でよく紹介される第3砲台跡も、この島にあります。
第3砲台は島の森に包まれ、れんが造りの地下施設と地上の砲座が階段でつながっています。庭園の廃墟を連想する景観ですが、もとは海峡を守る砲台でした。対岸の淡路島、和歌山側の加太・深山とともに、由良要塞を構成した施設です。
第3・第4砲台は、山や建物の向こうへ弾を落とす間接射撃を担いました。なかでも第3砲台は友ヶ島の主力で、すり鉢状の砲座から全周へ向けられる構造を持ち、独自の発電所と看守衛舎も備えていました。海へ正面を向ける第2砲台とは、配置も役割も異なります。
2026年8月更新の和歌山市の案内では、豪雨による路面の悪化が続いています。深蛇池と虎島は見学できません。第3砲台の地下施設には暗い場所や足元の悪い箇所があり、市は懐中電灯の持参を案内しています。
地下には砲弾の貯蔵庫と揚弾装置が置かれていました。上にある砲へ、重い弾を地下から運ぶための構成です。砲そのものが残っていなくても、砲座のくぼみ、地下へ下りる階段、部屋をつなぐ通路が、保管から発射までの動線を伝えています。
2019年10月には、この地下空間を使った「友ヶ島第3砲台美術館」が始まりました。展示物を新しく並べる美術館ではなく、音声AR観光アプリ「友ヶ島」で音を聴く取り組みです。市は、暗闇や静けさを含め、既存の遺構そのものを生かす鑑賞方法として紹介しています。
出典:和歌山市・第3砲台の構造と音の美術館
和歌山市・砲台跡の解説
島内の通行止めと路面状況
一般の人が入れなかった島が、散策の場所になるまで
友ヶ島が大阪湾防備の要所とされたのは、明治時代より前、黒船来航の頃にさかのぼります。和歌山市の解説によると、紀州藩は幕府の命令で友ヶ島奉行を置きました。その後、旧陸軍の要塞として大規模に整備され、約600人の兵士が駐屯したとされています。
第二次世界大戦が終わるまで、一般の人は島へ立ち入れませんでした。現在の定期船で渡る島は、もともと観光客へ海景を見せるために整備された場所ではないのです。厚い壁、地下室、観測所への道が残る一方、軍事施設としての用途は終わり、樹林に覆われた景観になりました。
その歴史を知ると、砲台の写真から受ける静かな印象にも、別の意味が加わります。人のいない架空の庭園に似ているからこそ、現実には多くの人が配置され、海峡を監視していた場所だったことも、案内板から読み取っておきたい点です。
- 場所
- 和歌山県和歌山市加太・友ヶ島沖ノ島
- 作品との関係
- 森に包まれたれんが造りの砲台跡がラピュタの庭園を連想させる島内の遺構
- アクセス
- 加太港から友ヶ島汽船で約20分、野奈浦桟橋から徒歩で散策
- 見学時の注意
- 地下施設は暗く足元が悪い箇所があるため懐中電灯を持参
2友ヶ島・第2砲台跡|海に向き合う遺構を眺める

第2砲台は沖ノ島の西端北寄り、海岸の低い位置に築かれた「要撃砲台」です。紀淡海峡を通り大阪湾へ入ろうとする船を、真横から砲撃する役割がありました。対岸の淡路島・由良地区の砲台群と、海峡を挟んで向かい合う配置です。
海へ開いた低い場所は、砲撃を受ける危険も高くなります。そのため、砲身を出す部分を除き、厚さ約2メートルのコンクリートで覆われていました。現在は波風による浸食などで壁が崩れ、内部は立ち入り禁止となっており、柵の外から遺構と海を眺める見学になります。
第3砲台の地下へ入る見学とは違い、こちらは外から位置関係を読む場所です。海を隔てた由良地区を見渡すと、友ヶ島一島で完結した施設ではなく、海峡の両岸で組み合わせた防備だったことが分かります。
- 場所
- 和歌山県和歌山市加太・友ヶ島沖ノ島西端北寄り
- 作品との関係
- 第3砲台跡とあわせて島内の歴史をたどる海岸沿いの要撃砲台跡
- 構造
- 紀淡海峡の船を真横から砲撃するため厚さ約2メートルのコンクリートで築造
- 見学範囲
- 内部は立ち入り禁止、柵の外側から外観と海峡を見学
出典:和歌山市・第2砲台の配置と見学範囲
和歌山県公式観光サイト・友ヶ島
3友ヶ島灯台と子午線広場|島から、遠くへ視線を向ける

友ヶ島灯台は1872年6月25日に初点灯した石造りの洋式灯台です。明治政府が招いたイギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが、兵庫港の開港に備え、紀伊水道に必要だと判断しました。着工は1870年4月7日で、完成まで約2年2か月を要しています。
建設時の位置は、現在の場所より海側へ25メートルほど離れていました。旧陸軍が要塞を築くため、灯台も移されています。白い建物の歴史は砲台より早く始まり、その後、島の軍事施設化に伴って配置が変わったのです。
1945年3月には米軍機の襲撃で被害を受け、日本軍の戦術上の要求もあって一時消灯しました。8月16日に仮復旧し、再び船を導く光が点灯しました。2015年11月には登録有形文化財となっています。
灯台の西側には、東経135度の日本標準時子午線が通る子午線広場があります。和歌山市は、この子午線が通る日本最南端の陸地と紹介しています。2021年6月には、和歌山県土地家屋調査士会から子午線塔のモニュメントが寄贈されました。島の灯台と標準時の位置を、一緒に確かめられる場所です。
- 場所
- 和歌山県和歌山市加太・友ヶ島沖ノ島西端
- 作品との関係
- 砲台跡とあわせて巡る、明治初期の石造り洋式灯台と東経135度子午線広場
- 初点灯・文化財
- 1872年6月25日初点灯、2015年11月登録有形文化財
- 見どころ
- 白い石造灯台と隣接する日本標準時子午線最南端のモニュメント
出典:和歌山市・灯台の歴史
子午線広場の案内
和歌山市・友ヶ島の見どころと関連案内
4タカノス山展望台|島でいちばん高い場所から、紀淡海峡を見下ろす

第3砲台跡の近くから階段を上った先にあるタカノス山展望台は、沖ノ島でいちばん高い標高119.70メートルの地点です。眼下に紀淡海峡を見下ろし、晴れた日には四国や六甲、和泉葛城の山々まで望めます。敷地には一等三角点も置かれています。
和歌山市が紹介する散策順路では、野奈浦桟橋から約0.9キロ、20分ほどで第3砲台跡とタカノス山展望台に着きます。展望台にトイレはなく、階段を下りて徒歩約5分の、第3砲台跡下のトイレを使います。
- 場所
- 和歌山県和歌山市加太・友ヶ島沖ノ島
- 作品との関係
- 第3砲台跡とあわせて訪ねる、島の最高地点の展望台
- 標高
- 119.70メートル(一等三角点)
5友ヶ島・第4砲台跡|第3砲台を支えた、原形に近い砲台

第4砲台は、第3砲台と同じく山の向こうへ弾を落とす「砲戦砲台」で、主力の第3砲台を補う役割を担いました。規模は少し小さいものの、すり鉢状の砲座から全周へ砲を向けられる造りです。
1906年に役目を終えた後も解体されず、原形に近い姿で残っています。地下施設へ入れる第3砲台と、砲座の形を見比べられる場所です。
- 場所
- 和歌山県和歌山市加太・友ヶ島沖ノ島
- 作品との関係
- 第3砲台跡と同じ友ヶ島砲台群の一つで、原形に近く残る砲台
- 見どころ
- 全周へ向けられるすり鉢状の砲座
6友ヶ島・第5砲台跡|第3・第4砲台の死角を守った場所

第5砲台は1904年に造られました。第3・第4砲台からは狙えない野奈浦方面と、沖ノ島の北側中央部を守るための砲台です。当時その一帯には、兵舎や発電所、弾薬庫がありました。
野奈浦桟橋と友ヶ島案内センターに近く、島に着いてから歩き始めてすぐに出会える砲台跡の一つです。和歌山市の通行止め状況マップでは、規制は深蛇池と虎島へ向かう道に示されています。
- 場所
- 和歌山県和歌山市加太・友ヶ島沖ノ島
- 作品との関係
- 第3・第4砲台の死角を補った、友ヶ島砲台群の一つ
- 築造
- 1904年
出典:和歌山市・第5砲台跡
和歌山市・友ヶ島通行止め状況マップ(2026年7月31日版)
7三鷹の森ジブリ美術館|屋上で待つロボット兵

作品そのものの造形に会いに行くなら、東京都三鷹市の三鷹の森ジブリ美術館があります。屋上庭園には、高さ約5メートルのロボット兵が立っています。
屋上へは、ネコバスルーム脇の螺旋階段から上がります。公式の館内案内は、この像を美術館の守り神と紹介しています。屋上庭園は美術館の施設内で、周辺の井の頭公園から自由に入る場所ではありません。
2001年2月28日の美術館日誌には、屋上へ運び上げた日の記録があります。制作には約1年半をかけ、搬入時の記録では高さ4.5メートル、重さ2.5トンでした。早朝にトラックが入り、大型クレーンで吊り上げています。取材スタッフだけでなく美術館のスタッフも作業を見守り、設置の終わり頃には宮﨑監督も訪れています。
2023年5月25日の日誌には、制作を担当した鯱丸が手入れに来たことも記されています。この日は屋上の像の状態を見るだけでなく、地下1階にある小さなロボット兵も磨いています。同じ制作者の造形が、館内と屋外の両方に置かれているという記録です。
出典:美術館日誌・2001年2月の搬入記録
美術館日誌・2023年5月の手入れ
屋上の下には、映画ができるまでの五つの部屋
美術館の常設展示「映画の生まれる場所」は、五つの小部屋で構成されています。最初の部屋には、本やガラス玉、描きかけの絵、鉛筆、壁いっぱいのスケッチが並び、作者の好きな物や発想のもとになる物を集めた仕事場のようにつくられています。
天井には飛行機の模型やプテラノドンが下がり、部屋を通り抜けるうちに、小さな着想から映画が完成するまでをたどる構成です。屋上のロボット兵を完成した造形として見るのに対し、その下では、絵を描く前の関心や、つくる途中の作業に触れられます。
受付で受け取るきっぷにも、実際の上映に使える35ミリフィルムが使われています。見上げるほど大きなロボット兵から、手のひらに収まる映画の一片まで、絵や物を手仕事でつくることを館内のあちこちへ織り込んでいます。
- 場所
- 東京都三鷹市下連雀1丁目1-83 都立井の頭恩賜公園西園内
- 作品との関係
- 屋上庭園に高さ約5メートルのロボット兵を設置するスタジオジブリ公式美術館
- 開館時間・休館日
- 10時〜18時・最終入場回16時、原則火曜休館
- 観覧料
- 日時指定予約制 大人・大学生1,000円、中高生700円、小学生400円、幼児100円
8ジブリパーク「ジブリの大倉庫」|天空の庭に足を踏み入れる

愛知県長久手市のジブリパークには、「ジブリの大倉庫」の中に「天空の庭」があります。『天空の城ラピュタ』の庭園を表現した空間で、ロボット兵が待っています。
大倉庫には、三鷹の美術館や国内外の展覧会で使われた制作物・造形物を保管する「公開倉庫」があります。一部を来場者へ見せる構成で、展示品は入れ替わります。天空の庭のように作品の場面をつくった区域と、過去の展示物を保管する区域が、一つの施設に同居しています。
中央階段は1階と2階をつなぎ、色鮮やかなタイルで装飾されています。その上の天窓の下には、プロペラを回しながらゆっくり動く大きな船があります。階段から吹き抜けを見上げる構成で、飛行する造形を実際の建物の高さに置いています。
「パノラマボックス展」には、宮﨑駿が描き下ろした31点の絵箱があります。人物や背景を何層にも分けて箱へ配置し、のぞくと奥行きのある風景に見える仕掛けです。『ナウシカ』から『君たちはどう生きるか』までの長編に加え、短編やオリジナルの題材も扱っています。
「ジブリの大倉庫」単独の入場券は、大人2,000円、4歳〜小学生1,000円。午前は開園時刻〜13時、午後は13時〜16時30分の入場枠です。販売開始は入場月の2か月前の10日14時です。3歳以下は無料となります。
全エリアを巡る券を買わなくても、天空の庭、公開倉庫、映像展示室、館内のカフェやショップを利用できます。一方、「里山さんぽ券」には大倉庫が含まれません。大倉庫が目的の訪問なら、単独券が直接対応する選択肢です。
- 場所
- 愛知県長久手市茨ケ廻間乙1533-1 愛・地球博記念公園内
- 作品との関係
- 『天空の城ラピュタ』の庭園を表現した「天空の庭」とロボット兵を常設
- 入場枠
- 予約制、午前枠は開園〜13時、午後枠は13時〜16時30分
- 観覧料
- ジブリの大倉庫単独券 大人2,000円、4歳〜小学生1,000円
出典:ジブリパーク・券種と入場時間
ジブリパーク・ジブリの大倉庫
ジブリパーク公式サイト
ウェールズからラピュタへ、現実の風景が物語になるまで
参考にした場所と、完成した世界の違い
ジブリの公式Q&Aは、多くの作品では複数の場所の要素を組み合わせて舞台を作ると説明しています。『ラピュタ』についてウェールズが挙げられていても、映画のすべての建物や山に一対一のモデルがあるという意味ではありません。
スタジオジブリとして送り出した、最初の長編
『天空の城ラピュタ』は1986年8月2日に公開されました。原作・脚本・監督は宮﨑駿、プロデューサーは高畑勲、音楽は久石譲が担当しています。『風の谷のナウシカ』の公開を経て1985年に設立されたスタジオジブリが、その後に送り出した長編作品です。
スタジオ設立時は、吉祥寺の貸しビルの1フロアで、作品ごとに約70人を集め、完成後に解散する体制でした。この方針を打ち出したのが高畑勲です。公式の歴史は、映画が成功すれば次をつくり、失敗すれば終わるという前提だったと振り返っています。
国内の観客動員は『ナウシカ』の91万5千人に対し、『ラピュタ』は77万5千人でした。後年の知名度から想像するような巨大な興行から始まったわけではありません。1989年の『魔女の宅急便』の成功後に、社員化や固定給制度、新人の定期採用へ方針が転換しています。
公開前のガイドブックに、宮﨑監督への贈り物があった
制作当時、鈴木敏夫は徳間書店の編集者として『天空の城ラピュタ GUIDE BOOK』を担当していました。その本へ寄稿を頼んだ相手が、作家の堀田善衞です。鈴木も宮﨑も堀田作品の読者で、制作に取り組む監督を励ましたいという考えからの依頼でした。
鈴木が2004年に語った回想によれば、最初から簡単に承諾されたわけではありません。面会で、人類のこれからについて書いてほしいと切り出し、堀田の「アニメーションを作る人々へ」が生まれました。寄稿のことは監督に伏せ、完成した本で驚かせようとしていたそうです。
このガイドブックは映画公開前に刊行され、制作現場のルポや監督の座談会も収録していました。完成した映画の解説だけでなく、映画をつくっている最中の人を支える本でもあったのです。美術館の書棚や関連書を読むとき、作品の外側にある編集者と作家の関係にもつながるエピソードです。
ドーラの強さと、パズーが引き継いだ父の願い
日本テレビの映画番組のコラムは、ドーラのモデルを宮﨑監督の母と紹介しています。長く病床にあっても、息子たちがかなわないほどの精神的な迫力があったという背景です。飛行船を率いる人物の強さには、実在した身近な人の記憶が重ねられています。
映画のドーラは、シータたちを追う海賊として登場しながら、途中から二人を仲間に迎えます。船の台所を任せたり、息子たちを叱ったりする場面では、組織の指揮を執る姿と、家族をまとめる姿が一緒に現れます。若い頃の肖像が船内にあることも、現在の強面だけではない人生を感じさせる小道具です。
パズーが空の城を目指す理由にも家族がいます。冒険家だった亡き父の願いを引き継ぎ、ラピュタの存在を信じています。未知の財宝を探す旅というだけでなく、周囲に信じてもらえなかった父の記録を、自分の目で確かめようとする物語です。
出典:日本テレビ・ドーラと親子の物語を扱うコラム
日本テレビ・作品紹介
空の城に入る前から、二人には違う暮らしがある
公式の作品紹介では、パズーは見習い機械工、シータはラピュタ帝国の血を引く少女とされています。二人は同じ目的を持って出会ったわけではありません。働く町で暮らす少年と、追われながら空から降りてきた少女が、飛行石をきっかけに一緒に動き始めます。
「ラピュタ」という浮島の名は、スウィフトの『ガリバー旅行記』にも登場します。一方、この映画の原作・脚本・監督は宮﨑駿です。公式のスタッフ表もそのように記載しており、映画全体を小説の一篇の映像化として扱う作品ではありません。
美術には野崎俊郎と山本二三、作画監督には丹内司が名を連ねます。『君をのせて』は、宮﨑が作詞し、久石譲が作曲、井上あずみが歌いました。絵と音のどちらにも、監督だけでなく複数の制作者の仕事が重なっています。旅で印象に残った空や建物から背景画集へ、旋律からアルバムへと進むと、それぞれの仕事を別の資料でも追えます。
パズー
炭鉱の町で働く見習い機械工の少年です。冒険家だった亡き父の願いを引き継ぎ、ラピュタの存在を信じています。
シータ
ラピュタ帝国の血を引く少女です。飛行石を持って空から降りてきたことで、パズーと出会います。
ドーラ
息子たちとともに飛行船タイガーモス号を率いる空中海賊です。シータたちを追いながら、やがて二人を船の仲間に迎えます。日本テレビのコラムは、モデルを宮﨑監督の母と紹介しています。
宮﨑駿
原作・脚本・監督を務め、挿入歌「君をのせて」の作詞も手がけました。1985年に設立されたスタジオジブリが送り出した最初の長編です。
久石譲
音楽を担当し、「君をのせて」を作曲しました。サウンドトラックより先に、イメージアルバム『空から降ってきた少女』もつくられています。
出典:公式映像ソフト・物語とスタッフ
スタジオジブリ・作品情報
ロボット兵を見るとき、二つの表情を思い出す
ラピュタのロボット兵は、巨大な力がある一方で、庭の小さな命と結びついた姿でも記憶に残ります。硬い金属の身体と、花や緑の柔らかさの取り合わせが、庭園の場面を忘れがたいものにしています。
パズーの仕事を見ると、冒険の手触りが変わる
パズーは炭鉱の町で働き、シータを連れて逃げる前から、機械を扱う暮らしをしています。空中海賊の船に乗ってからも、修理や見張りに加わります。飛行石の不思議な力だけで冒険が進むのではなく、道具を扱い、人と協力して動く仕事が物語の足場になっています。
ドーラ一家の船は、生活の場所でもある
ドーラ一家のタイガーモス号では、パズーが機関室の仕事を手伝い、シータが台所へ入ります。追われていた二人が、船の仕事を分担する仲間になる場面です。食器や鍋、機械、見張り台という生活と労働の場所があるため、船は移動する道具であると同時に、皆が暮らす場所として描かれています。
飛行石の光と、庭に差し込む光
飛行石の青い光は、暗い坑道や夜の場面で、人物の顔や周囲の岩を照らします。庭園の場面では、緑と空の明るさの中にロボット兵が置かれます。同じ機械の身体でも、軍事的な力を見せる場面と、庭の小さな命を守る場面では、周囲の光と動きが変わります。
友ヶ島の遺構に重ねられやすいのは、草木の間に人工物が残る庭園の姿です。ただし、現実の砲台には砲弾を運び、海峡を防ぐための具体的な構造があります。作品との見た目の近さを入口にしても、現地ではその用途を知ることが、島を架空の城だけで説明しないための手掛かりになります。
映画と訪問先の歩み
- 1872年6月25日友ヶ島灯台が初点灯現地
- 1945年8月16日友ヶ島灯台が仮復旧し再点灯現地
- 1985年スタジオジブリ設立制作
- 1986年8月2日天空の城ラピュタ公開映画
- 2001年2月28日三鷹の屋上へロボット兵を搬入展示
- 2015年11月友ヶ島灯台が登録有形文化財に現地
- 2019年10月第3砲台で音の美術館の取り組みが始まる現地
- 2021年3月30日美術館が夕暮れの屋上庭園の動画を公開展示
- 2023年5月美術館日誌にロボット兵の手入れを記録展示
- 2026年8月1日和歌山市が島内通行止め・路面情報を更新現地
- 2026年11月入場分から美術館の電子券がブラウザ型へ変更予定訪問
島を訪れる前に知っておきたいこと
友ヶ島汽船の運航時刻と乗船整理券
加太港から沖ノ島の野奈浦桟橋へは、友ヶ島汽船で約20分です。2026年7月1日の改定後は、大人往復2,800円、子ども往復1,250円です。3月〜12月は水曜運休で、祝日・繁忙期は運航する場合があります。1月〜2月は原則として土曜・日曜・祝日のみで、年末年始の除外日もあります。
通常期の定期便は加太港発9時・11時・13時・16時、友ヶ島発9時30分・11時30分・13時30分・16時30分です。繁忙期には臨時便がありますが、15時の加太発は迎えのための便で、日帰り散策客は利用できないと案内されています。
2便目以降には当日乗船整理券を配布します。1船の定員は100人で、繁忙期は早く配布を終えることがあり、前日の予約は受け付けていません。時刻だけを選んで到着すれば必ず乗れるという販売方式ではない点が、鉄道の指定席との大きな違いです。
森の遺構には、歩く準備をして向かう
島内は舗装された観光施設だけを歩く場所ではありません。滑りにくい靴を選び、飲み物を持参します。和歌山市の案内では、飲み物の販売は野奈浦広場周辺のみです。
2026年7月31日版の通行止め地図では、深蛇池の手前と、虎島へ続く道に通行止めの印があります。市は倒木の恐れがある樹木の伐採に伴う制限も説明しています。古い散策図に道が描かれていても、これらの区間へは進めません。
同図にある名所探訪コースは約3.3キロ・約3時間です。距離だけを見ると短くても、砲台の階段や山道を含む歩行になります。13時の船で島へ渡ると、到着から通常の最終便まで約3時間10分しかありません。第3砲台跡や弾薬庫跡、孝助松海岸を含む一周の所要時間は約3時間で、13時発の便では帰りの最終便16時30分までの滞在時間が約3時間10分となります。
三鷹と愛知は、訪問の目的に合わせて選ぶ
三鷹の美術館は10時〜18時、最終の入場回は16時です。入場は10時から16時まで1時間ごとに指定し、指定時刻から1時間以内に入ります。入れ替え制ではありません。原則火曜休館で、ほかに長期休館があります。
料金は大人・大学生1,000円、中高生700円、小学生400円、4歳以上の幼児100円。4歳未満は無料で予約も不要です。毎月10日10時に翌月分を販売し、美術館窓口では扱いません。2026年11月入場分から、電子チケットはスマートフォンアプリ方式からブラウザ型へ変わります。紙チケットはローソン店頭で受け取れます。
映画と展示で、旅の余韻を楽しむ
同じ映画に、異なる五つの音楽アルバムがある
徳間ジャパンは、サウンドトラックより先につくられた『空から降ってきた少女』を紹介しています。宮﨑駿と高畑勲が久石譲へ伝えたイメージをもとにしたアルバムで、映像の完成前に音楽から作品の輪郭を探る位置づけです。
映画に使われた曲を集めたサウンドトラックは『飛行石の謎』で、「君をのせて」も収録しています。シンフォニー編『大樹』は、イメージアルバムの曲を60人余りのオーケストラで演奏しています。同じ旋律でも、映画の場面へ合わせた音源と、管弦楽として組み直した演奏では編成が違います。
さらに、台詞・音楽・効果音を収めた2枚組のドラマ編『光よ甦れ!』と、別の音楽表現を試みるハイテックシリーズがあります。「ラピュタの音楽」という同じ棚に並んでいても、映画の音全体を聴くもの、曲だけを聴くもの、編曲を楽しむものが混在しています。
アナログ盤のジャケットにも違いがあります。『空から降ってきた少女』は劇場用ポスターのパズーとシータを使い、『飛行石の謎』はタイガーモス号を描いたデザインです。公式の商品案内は、複製セル画を付けたダブルジャケットという仕様も紹介しています。
映画本編は、ディズニーから発売されているBlu-rayとDVDで見返せます。
背景画から、空の奥行きをたどる
山本二三の『背景画集』は、作品集と技法解説を組み合わせた本です。美術監督を務めた『ラピュタ』『火垂るの墓』『もののけ姫』などの背景や美術ボードに加え、空と雲、水、土、火の描写を扱います。
山本は1953年に長崎県五島市で生まれ、高校で建築を学びました。美術系の専門学校に在学中からアニメーションの美術スタジオで働き、1978年のテレビシリーズ『未来少年コナン』で初めて美術監督を務めています。人物が走る場所、働く場所、空を見上げる場所を描く仕事を、長く続けた制作者です。
目次には「水洗いとペン入れ」もあり、完成した絵を見るだけでなく、描く工程を読む構成です。巻頭には高畑勲の文章、後半には宮﨑駿の寄稿と、山本自身のインタビューを収録しています。ジブリ美術館の公式ショップが紹介する、背景美術へ関心を広げる一冊です。
公式動画で見る、夕暮れの屋上庭園
美術館公式の動画日誌には、夕暮れ時の屋上庭園を紹介した短い映像があります。2021年に公開されたもので、ロボット兵の周囲に木々や空が見えます。現在の一般開館は18時までで、この映像は夜間見学の企画を案内したものではありません。
研究所メモ|ビジネスの視点から:連想を地域の歴史へつなぐ
友ヶ島は、映画の制作地として確認されていなくても、遺構を見に来る人を受け入れています。市が行った具体的な取り組みが、2019年の第3砲台の音の美術館です。大きな展示施設を増築せず、既存の暗さや静けさと音声アプリを組み合わせ、砲台の空間へ別の鑑賞方法を加えました。
一方、三鷹の美術館の記録には、像をつくる1年半、2.5トンを上げるクレーン、制作者による手入れが残っています。作品を立体にした展示を保つための仕事です。似た景観がある地域と、作品の造形を制作する公式施設では、来訪のきっかけだけでなく、場所を維持する方法も違います。
出典と、旅の前に開いておきたいページ
当日の運航状況は友ヶ島汽船の運航告知、歩道の規制箇所は和歌山市観光課の島内通行止め情報で公開されています。強風予報で全便が欠航になる日もあり、晴天かどうかだけで上陸を判断することはできません。
よくある質問
友ヶ島は『天空の城ラピュタ』の公式モデルですか?
公式のモデルではありません。スタジオジブリが参考地として挙げているのはウェールズです。友ヶ島は、森に包まれたれんが造りの砲台跡が、映画を思わせる島として親しまれています。
友ヶ島では、すべての砲台や島を自由に歩けますか?
歩けません。立入禁止区域や通行止めがあり、見学できない島もあります。
ロボット兵に会える公式施設はどこですか?
三鷹の森ジブリ美術館の屋上庭園と、ジブリパーク「ジブリの大倉庫」の天空の庭です。それぞれ入場券と利用条件の確認が必要です。
友ヶ島汽船は毎日運航していますか?
水曜運休や冬季の運航日制限に加え、強風などで欠航します。2便目以降は当日整理券制で、前日予約はできません。通常期は加太発9時・11時・13時・16時です。
第2砲台跡と第3砲台跡は、同じように中へ入れますか?
同じ条件ではありません。第2砲台跡の内部は立ち入り禁止で、外から眺める場所です。第3砲台跡は公開範囲で地下施設も見学できますが、暗さや路面状況に備え、現地の規制を優先してください。
三鷹の美術館で、屋上だけを見ることはできますか?
屋上庭園を含む美術館の入場券が必要です。一般・大学生は1,000円で日時指定制です。周辺の井の頭公園から屋上だけへ入ることはできません。
ジブリパークは全エリアの券が必要ですか?
必要ではありません。天空の庭を含む「ジブリの大倉庫」単独券は、大人2,000円、4歳〜小学生1,000円で、午前・午後の入場枠から選べます。里山さんぽ券では大倉庫へ入れません。



