推し活聖地巡礼

「ラグビー」​の​聖地巡礼|高校ラグビーの​花園、​秩父宮、​W杯決勝の​横浜、​復興の​釜石、​下鴨神社まで​【推し活×聖地巡礼】

大阪府の東大阪市(ひがしおおさかし)花園(はなぞの)ラグビー場は、1929年に日本初のラグビー専用競技場として完成しました。1963年からは全国高校大会の会場となり、大会そのものが「花園」と呼ばれています。第106回大会は2026年12月27日に開幕し、2027年1月7日に決勝が行われる予定です。金曜と土曜には場内の花園ラグビーミュージアムも公開しています。

東京・神宮外苑の秩父宮(ちちぶのみや)ラグビー場は1947年の完成です。北側では2030年開業予定の屋根付きのラグビー場の工事が進みます。横浜には、1866年のクラブにちなむ「ラグビー発祥の地」の碑があります。2019年のラグビーワールドカップ、通称W杯で日本がスコットランドを破った日産スタジアムも横浜です。京都の下鴨神社(しもがもじんじゃ)から豊中(とよなか)・熊谷(くまがや)・菅平(すがだいら)、津波で被災した学校の跡地に建つ釜石(かまいし)のスタジアムまで10か所が並びます。

照明塔のあるラグビー場の外観を背に、話しながら広場を歩く三人の男女の旅行者のイラスト

花園(はなぞの)・豊中(とよなか)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)から秩父宮(ちちぶのみや)・横浜・熊谷(くまがや)・菅平(すがだいら)・釜石(かまいし)まで、ラグビーの聖地10か所

日本のラグビーが始まった場所の記念碑と神社、大会の歴史を刻んだラグビー場、2019年W杯の会場、夏合宿の高原です。試合のない日でも、碑や外観、場内の展示を見られる場所が多くあります。

10
ラグビーの訪問先10か所大阪府東大阪市(ひがしおおさかし)・大阪府豊中市・京都府京都市左京区・東京都港区・神奈川県横浜市中区・神奈川県横浜市港北区・埼玉県熊谷市・長野県上田市・岩手県釜石市
公式施設名前・伝承ゆかり公式イベント地域ゆかりの場所

① 花園ラグビー場

1929年開場の日本初のラグビー専用競技場。1963年から全国高校大会の会場で、金・土曜には場内のミュージアムを公開しています。

花園ラグビー場を詳しく

② 豊中・高校ラグビー発祥の地

1918年1月、豊中運動場で第1回日本蹴球大会が開かれました。駅前の広場に、全国高校大会80回を記念する碑が立っています。

豊中・高校ラグビー発祥の地を詳しく

③ 下鴨神社・雑太社(さわたしゃ)

1910年9月、三高の学生が初めてラグビーボールを蹴った糺(ただす)の森(もり)。ラグビーの神様として崇敬される雑太社が碑の横に立ちます。

下鴨神社・雑太社を詳しく

④ 秩父宮ラグビー場

1947年に東京ラグビー場として完成し、1953年に改称。北側では2030年開業予定の屋内全天候型の新ラグビー場の工事が進みます。

秩父宮ラグビー場を詳しく

⑤ 山下町公園

1866年に山下町で生まれた横浜フットボールクラブにちなむ記念碑が、2019年9月5日に除幕されました。

山下町公園を詳しく

⑥ 日産スタジアム

2019年10月13日に日本がスコットランドに勝ち、11月2日にW杯決勝が開かれた競技場。ツアーで選手の控室も見学できます。

日産スタジアムを詳しく

⑦ 熊谷ラグビー場

1991年に開設され、2019年W杯で3試合を開催。隣には埼玉パナソニックワイルドナイツの拠点、さくらオーバルフォートがあります。

熊谷ラグビー場を詳しく

⑧ 菅平高原

民間宿舎のグラウンドが101面ある「スポーツ合宿の聖地」。夏には各地のラグビー部が合宿に訪れます。

菅平高原を詳しく

⑨ 釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム

東日本大震災の津波で被災した小中学校の跡地に建つスタジアム。2019年9月25日のW杯には14,025人が来場しました。

釜石鵜住居復興スタジアムを詳しく

⑩ いのちをつなぐ未来館

スタジアムの最寄り駅前にある震災伝承施設。入館無料で、スタジアム見学を含む現地体験プログラムもあります。

いのちをつなぐ未来館を詳しく

1東大阪市(ひがしおおさかし)花園(はなぞの)ラグビー場|高校ラグビーの「花園」と、金・土曜に開く花園ラグビーミュージアム

ラグビー場のメインスタンドの前で写真を撮る二人の男性のイラスト

花園ラグビー場の始まりには、昭和天皇の弟で「スポーツの宮様」と呼ばれた秩父宮(ちちぶのみや)雍仁親王が関わっています。1928年10月、親王は現在の近畿日本鉄道にあたる大阪電気軌道、略称・大軌の電車で橿原神宮へ向かいました。その車内で、沿線にラグビー場を造るよう役員に勧めたのです。大軌は同年12月10日に建設を決め、1929年11月22日には日本初のラグビー専用競技場が完成しています。

開場に合わせて、試合の日だけ使う臨時駅「ラグビー運動場前駅」が設けられました。この駅は1967年に常設の東花園駅となり、今もラグビー場への最寄り駅です。1932年には日本代表とカナダ代表の国際試合がここで開かれました。1943年には金属回収令でメインスタンドの屋根が外され、戦後は連合国軍に接収された時期もあります。

全国高校大会の会場になったのは1963年です。毎年12月27日ごろに開幕し、1月7日ごろの決勝まで、各地の代表校が日本一を争います。東大阪市は1991年に「ラグビーのまち」を宣言しました。2018年のリニューアルを経て、2019年のW杯では4試合が行われています。最初は9月22日のイタリア対ナミビア、最後は10月13日のアメリカ対トンガです。その間にはアルゼンチン対トンガ、ジョージア対フィジーもありました。現在の収容人数は27,345人です。

第105回大会は2025年12月27日から2026年1月7日まで開かれ、56校が出場しました。神奈川の桐蔭学園が3大会連続6回目の優勝を果たしています。2026年8月8日には、日本代表とオーストラリア代表のテストマッチもこの競技場で開かれました。

第106回大会の日程は、2026年12月27日・28日・30日、2027年1月1日・3日・5日・7日の7日間の予定です。試合は花園ラグビー場と、隣の東大阪市多目的球技広場で行われます。

場内の花園ラグビーミュージアムは、金曜と土曜の10時から15時まで一般公開しています。料金は大人500円、中高生200円、小学生以下は無料です。初心者向けのプレー解説映像や花園の歴史、全国高校大会の決勝のハイライト映像を、映像と音響で体感できます。公開日の見学範囲は、南スタンドと南コンコース、ミュージアムです。

大会のない日には、4人以上で申し込む40〜50分のスタジアムツアーもあります。料金は大人1,000円、中高生500円、小学生200円です。所在地は東大阪市松原南1-1-1で、近鉄奈良線の東花園駅から北へ歩いて8分です。

場所
大阪府東大阪市松原南1-1-1
競技との関係
1929年開場の日本初のラグビー専用競技場・全国高校大会の会場
ミュージアム公開
金曜・土曜の10時〜15時、最終受付14時30分
アクセス
近鉄奈良線・東花園駅から北へ徒歩8分
所在地松原南1-1-1、近鉄奈良線・東花園駅から北へ徒歩8分

出典:大阪観光局・Japan's Rugby Mecca(花園ラグビー場の歴史) / 三井住友トラスト不動産・沿線の歴史散策(ラグビー運動場前駅) / 横浜市・第105回大会 桐蔭学園の優勝報告 / 全国高等学校体育連盟・第106回大会の開催期間 / 大阪府・日本代表対オーストラリア代表 / nippon.com・花園のW杯日程 / 花園ラグビー場・施設概要 / 花園ラグビー場・ミュージアムとスタジアムツアー / 花園ラグビー場・アクセス

2阪急豊中(とよなか)駅前の80回記念碑|第1回大会が開かれた豊中運動場と「高校ラグビー発祥の地」

高架の駅のホームでえんじ色の電車を背に歩き出す女性二人のイラスト

「花園(はなぞの)」と呼ばれる全国高校大会の始まりは、大阪府豊中市にありました。1918年1月12日と13日、当時の豊中運動場で第1回日本蹴球大会が開かれています。主催は大阪毎日新聞社で、日本ラグビーフットボール協会はまだ生まれていませんでした。

大会は、サッカーにあたる「ア式」と、ラグビーにあたる「ラ式」の2部門です。ラグビーには三高、全同志社、京都一商の3チームが出場し、全同志社が三高を19対0、京都一商を31対0で破って優勝しました。全慶應(けいおう)義塾は棄権しました。

この大会にちなんで、豊中市は豊中を「高校ラグビー発祥の地」と呼んでいます。阪急宝塚線の豊中駅の前にある、きたしん豊中広場には「全国高校ラグビー大会80回記念碑」が立っています。石の台座に、ラグビーボールと選手の姿をかたどった造形が付いた碑です。

豊中運動場は玉井町にありました。1915年には、夏の全国高校野球大会の前身にあたる大会もここで開かれました。旧グラウンドの前は、高校野球発祥の地記念公園として整備されています。

場所
大阪府豊中市・阪急豊中駅前のきたしん豊中広場
競技との関係
1918年に豊中運動場で第1回日本蹴球大会を開催
見どころ
全国高校ラグビー大会80回記念碑
最寄り駅
阪急宝塚線・豊中駅
所在地阪急宝塚線・豊中駅前のきたしん豊中広場

出典:日本ラグビー デジタルミュージアム・大正6年度 第1回日本蹴球大会 / 豊中市・ぜひ訪れたい豊中市のおすすめスポット(高校ラグビー発祥の地)

3下鴨神社(しもがもじんじゃ) 雑太社(さわたしゃ)|三高の学生が初めてボールを蹴った「第一蹴の地」の碑

森の中の小さな神社の鳥居の前で手を合わせる男性と女性のイラスト

正式には賀茂御祖神社と呼ばれる京都市左京区の下鴨神社には、境内に糺(ただす)の森(もり)が広がっています。この森の西の端に立つのが、「第一蹴の地」と刻まれた小さな石碑です。下鴨神社は糺の森を「関西ラグビー発祥の地」としています。

きっかけは一つのボールでした。慶應(けいおう)義塾の蹴球部員だった真嶋進(まじますすむ)が、親戚の堀江卯吉(ほりえうきち)の下宿にボールを持ち込み、二人は下鴨神社の境内で蹴り始めます。碑の裏には、1910年9月に堀江ら三高の学生4人がここでボールを蹴ったことが記されています。同じ月の23日には、三高の寄宿生約30人が初練習に集まりました。この碑は、三高ラグビー部のOB有志による建立です。

翌1911年の春休みには、慶應の主将の計らいで部員3人がコーチとして京都へ派遣されました。4月8日には東京の三田綱町グラウンドで慶應義塾と三高が対戦し、慶應が39対0で勝っています。三高の部史は、これを日本人チーム同士の最初の試合としています。

碑の横に立つのが、ラグビーの神「神魂命」をまつる雑太社です。2017年秋に「第一蹴の地」を見守るように再興され、遷座祭が行われました。社の前にはラグビーボール形のさい銭箱も置かれています。

2017年5月10日には、京都迎賓館でW杯2019の組み合わせ抽選会が開かれました。その前に、下鴨神社で蹴鞠が披露されています。抽選会に合わせて各国の代表もこの地を訪れています。楼門内の開門は6時30分、閉門は17時です。

場所
京都市左京区下鴨泉川町59 下鴨神社・糺の森の西端
競技との関係
1910年9月に三高の学生が初めてラグビーボールを蹴った関西ラグビー発祥の地
見どころ
第一蹴の地の石碑、ラグビーの神をまつる雑太社
開閉門時間
楼門内は6時30分〜17時
所在地下鴨泉川町59、糺の森の中

出典:下鴨神社・ラグビー第一蹴の地顕彰会 / 下鴨神社・所在地と開閉門時間 / 日本ラグビー デジタルミュージアム・The History of Daisan High School Rugby Football Team / 日本ラグビー デジタルミュージアム・1910: 12th Season / 日本ラグビー デジタルミュージアム・慶応対三高 日本人同士の初試合 / 京阪電車・京都とスポーツ(雑太社)

4秩父宮(ちちぶのみや)ラグビー場|ラグビー関係者が建てた東京ラグビー場と、北側で進む新ラグビー場の工事

古いコンクリートのスタンドが見える競技場の前の歩道で、女性と男性が向かい合って立ち話をするイラスト

秩父宮ラグビー場は、東京都港区北青山2-8-35、神宮外苑の一角にあります。戦後、明治神宮競技場が接収され、関東ラグビー協会は専用のグラウンドを探していました。選ばれたのは、旧女子学習院の焼け跡で、米軍の駐車場になっていた土地です。

建設資金には、当時の香山蕃(かやまばん)理事長の戦災火災保険金や、各大学OBの寄付が充てられました。選手たちも勤労奉仕で工事に加わり、1947年11月に「東京ラグビー場」が完成します。1953年1月に秩父宮雍仁親王が亡くなると、その遺徳をしのんで同年に「秩父宮ラグビー場」へ改称されました。

1962年10月には国立競技場へ移管され、1964年の東京オリンピックではサッカーの会場になりました。1971年9月のイングランド代表とのテストマッチでは観客が入りきらず、芝生席まで開放されています。この超満員を受けて大改修が決まり、1976年にメインスタンドを中心とする改修が終わりました。

現在の収容人数は、車いす席30席を含めて24,871人です。スタジアム通り側の西スタンドと、いちょう並木側の東スタンドは全席が個席です。神宮球場側の北スタンドは立見席で、上部に電光掲示盤があります。芝は夏のティフトンと冬のペレニアルライグラスを使い分け、一年中緑に保たれています。

新しいラグビー場は、現在地の北側、国立競技場に隣接する新宿区霞ヶ丘町で2026年2月3日に着工しました。開業は2030年の予定です。現在のラグビー場は、国際試合やリーグワン、関東大学ラグビーなどで使われています。最寄りの外苑前駅から歩いて5分です。

場所
東京都港区北青山2-8-35
競技との関係
1947年に東京ラグビー場として完成し、1953年に改称された専用競技場
新競技場計画
北側の新宿区霞ヶ丘町で2026年2月着工、2030年開業予定
アクセス
東京メトロ銀座線・外苑前駅から徒歩5分
所在地北青山2-8-35、東京メトロ銀座線・外苑前駅から徒歩5分

出典:日本スポーツ振興センター・秩父宮ラグビー場の歴史 / 日本スポーツ振興センター・秩父宮ラグビー場 施設案内 / 日本スポーツ振興センター・秩父宮ラグビー場 / 日本スポーツ振興センター・秩父宮ラグビー場へのアクセス / 秩父宮ラグビー場株式会社ほか・新秩父宮ラグビー場の着工(2026年2月12日)

5山下町公園|1866年の横浜フットボールクラブをたたえるラグビー発祥の地の記念碑

中華街の小さな公園で記念碑を見上げる女性二人のイラスト

日本で、そしてアジアで最初のラグビークラブが生まれたのは1866年です。横浜の居留地に駐屯していた英国の兵士らが、山下町で「横浜フットボールクラブ」を立ち上げました。当時のフットボールは、ラグビーとサッカーが分かれる前の競技でした。残された絵や記録から、ラグビーに近い試合だったことが分かっています。

クラブの設立を伝える1866年1月26日付の「Japan Times」の記事は、2009年ごろに横浜開港資料館で見つかりました。英国の雑誌「The Graphic」1874年4月18日号には、横浜で行われた試合を描いた絵も載っています。2015年には、横浜カントリー&アスレティッククラブ、略称YC&ACの歴史研究員が世界ラグビー博物館に問い合わせました。博物館はこのクラブを、アジア最古のラグビークラブと認めています。

2019年9月5日、W杯の開幕を前に、横浜中華街の中にある山下町公園で記念碑の除幕式が行われました。碑には、横浜がラグビー発祥の地であることを伝える文字と、1873年に横浜で行われた試合のイラストが刻まれています。公園の入り口の右側にあり、中華街の散策の途中に立ち寄れます。

日本人が初めてラグビーの試合をしたとされるのも横浜です。1901年12月7日、現在の横浜スタジアムがある横浜公園で、慶應(けいおう)義塾がYC&ACと対戦しました。慶應は5対41で敗れましたが、クラークの回想では、塩田賢次郎(しおたけんじろう)が日本人として初めてトライを挙げています。横浜公園のクリケットグラウンドは日本初の芝生の運動場で、野球やフットボールの日本最初の国際試合もここで行われました。

場所
横浜市中区山下町 横浜中華街内
競技との関係
1866年創設のアジア最古のラグビークラブ・横浜フットボールクラブゆかりの地
見どころ
2019年9月5日に除幕されたラグビー発祥の地記念碑
所在地山下町、横浜中華街の中の小さな公園

出典:横浜市中区・中区の歴史を碑もとく絵地図 西洋スポーツ流入編 / 和樂web・ラグビー発祥の地 横浜の記念碑 / 日本ラグビー デジタルミュージアム・日本での初試合と初トライ

6日産スタジアム|日本がスコットランドを破り、W杯決勝が行われた競技場の銘板とスタジアムツアー

大きなコンクリートのスタジアムの脇の広い通路を歩く男性一人と女性二人のイラスト

横浜市港北区小机町3300の横浜国際総合競技場、通称・日産スタジアムは、2019年のW杯で決勝と準決勝2試合を含む6試合が行われた競技場です。ニュージーランド代表のハカで幕を開け、台風19号で中止の危機を乗り越えた日本代表の試合もここで開かれました。

2019年10月13日の日本対スコットランドは、台風の影響で当日の朝に開催が決まり、19時45分にキックオフしました。日本は28対21で勝ち、初めて決勝トーナメントへ進みます。11月2日の決勝では南アフリカがイングランドを破り、3度目の優勝を決めました。入場者数70,103人は大会最多で、この競技場の最多記録でもあります。

2022年には、2002年サッカーW杯のモニュメントがある東ゲートに、ラグビーW杯2019決勝と東京2020オリンピックのサッカー決勝の銘板が設けられました。三つの大会の決勝が開かれた、世界で初めての競技場です。W杯の前年、2018年10月27日には、ニュージーランドとオーストラリアの定期戦「ブレディスローカップ」が初めて横浜で開かれ、46,143人が観戦しました。

場内を巡る60分のスタジアムツアーでは、参加チームのサインが並ぶラグビーロッカールームや、3大会の決勝を紹介するファイナルミュージアムを見学できます。入場音楽に包まれてフィールドへ進むビクトリーロードもあります。料金は大人1,500円、中学生以下800円で、次の開催日は2026年10月30日と11月8日です。

場所
横浜市港北区小机町3300
競技との関係
ラグビーW杯2019の日本対スコットランド戦と決勝の会場
見どころ
東ゲートのW杯2019決勝銘板、スタジアムツアーのラグビーロッカールーム
所在地小机町3300、東ゲートにラグビーW杯2019決勝の銘板

出典:神奈川県・横浜市・ラグビーワールドカップ2019 開催記録集 / 横浜市・ラグビーワールドカップ2019 開催記録(ブレディスローカップ2018) / 日本ラグビー デジタルミュージアム・第9回ラグビーワールドカップ2019 / 横浜市・日産スタジアムの銘板設置と展示施設リニューアル / 日産スタジアム・スタジアムツアー

7熊谷(くまがや)ラグビー場|W杯の3試合と、隣に建つワイルドナイツの拠点さくらオーバルフォート

公園の芝生広場からスタジアムを眺める男性二人のイラスト

埼玉県熊谷市上川上300の熊谷スポーツ文化公園は、1991年にラグビー場を中心とする施設として開設されました。2003年には陸上競技場と彩の国くまがやドームが加わっています。熊谷駅北口から国際十王バスに乗り、「熊谷スポーツ文化公園」などのバス停で降ります。

2019年W杯の直前、9月6日にはここで日本代表の壮行試合が開かれ、南アフリカ代表に7対41で敗れました。本大会では3試合を開催し、9月29日のジョージア対ウルグアイには、ラグビー場として歴代最多の24,895人が入りました。サモア対ロシア、アルゼンチン対アメリカも行われています。

2021年9月には、公園内に「さくらオーバルフォート」が開業しました。ラグビーを中心とする国内初の複合施設で、群馬県太田市から本拠地を移したリーグワンの埼玉パナソニックワイルドナイツの練習グラウンドとクラブハウスを備えた拠点です。ファンが普段の練習を間近で見られる計画で、管理棟の1階にはカフェレストラン「フォルテ ブル」が入っています。

宿泊棟の熊谷スポーツホテル「パークウィング」には、最大264人が泊まれます。チームグッズのショップも同じ棟です。熊谷ラグビー場では今もリーグワンの試合が開かれ、スタジアムツアーも行われています。

場所
埼玉県熊谷市上川上300 熊谷スポーツ文化公園内
競技との関係
ラグビーW杯2019で3試合を開催、隣に埼玉パナソニックワイルドナイツの拠点
併設施設
さくらオーバルフォート、熊谷スポーツホテル パークウィング
アクセス
熊谷駅北口から国際十王バスで熊谷スポーツ文化公園下車
所在地上川上300、熊谷駅北口からバスで熊谷スポーツ文化公園へ

出典:埼玉県・熊谷スポーツ文化公園 / 埼玉県・ラグビーワールドカップ2019等の開催結果 / パナソニック・さくらオーバルフォート / 埼玉県・熊谷スポーツ文化公園の管理運営

8菅平(すがだいら)高原|宿が持つ101面のグラウンドで、夏に各地のラグビー部が合宿する高原

高原の芝のグラウンドの柵のそばで山並みを眺める女性のイラスト

長野県上田市の菅平高原は、ラグビーやスキー、サッカーの「スポーツ合宿の聖地」として知られています。夏には各地のラグビー部が合宿に訪れ、宿が持つ芝のグラウンドで練習します。

民間の宿舎が持つグラウンドは101面あり、そのうち88面が天然芝、13面が人工芝です。宿泊施設はホテル30軒、旅館60軒などが並び、グラウンドの利用は宿泊料に含まれます。合宿の予約受付は、毎年4月1日に菅平高原観光協会の専用フォームで始まる仕組みです。

上田市のサニアパーク菅平には、メイングラウンドとサブグラウンド4面の多目的グラウンド5面と、400メートルトラックの陸上競技場があります。メイングラウンドの芝生スタンドの収容人数は5,000人です。観光協会は毎夏、合宿の日程表を作っています。2026年版は7月8日から販売され、ラグビー版は1部200円でした。日程表は菅平高原リゾートセンターでも買えました。

場所
長野県上田市菅平高原
競技との関係
民間宿舎が101面のグラウンドを持つ夏合宿の拠点
主な施設
サニアパーク菅平の多目的グラウンド5面と陸上競技場
所在地菅平高原、サニアパーク菅平に多目的グラウンド5面

出典:菅平高原観光協会 / 長野県・上田市の合宿・施設情報 / 菅平高原観光協会・サニアパーク菅平 / 菅平高原観光協会・2026夏季合宿日程表

9釜石(かまいし)鵜住居(うのすまい)復興スタジアム|津波で被災した小中学校の跡地で開かれたW杯と、山火事の被害木で作った座席

海と山に囲まれたスタジアムの外を歩く二人の女性のイラスト

岩手県釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムは、市立釜石東中学校と市立鵜住居小学校の跡地に建っています。2011年の東日本大震災では、両校の児童・生徒を含む小中学生約600人が手を取り合って逃げ、助かりました。子どもたちが率先して避難した行動は、世界中に紹介されました。

釜石は、日本選手権で7連覇して「北の鉄人」と呼ばれた新日鐵釜石ラグビー部の町です。釜石市は2015年3月、ラグビーW杯2019の開催都市に選ばれました。国内12の開催都市で唯一スタジアムを持たない市だったため、復興をめざして新たに整備したのがこのスタジアムです。2018年8月19日にオープンしました。目的には、震災の記憶と防災の知恵の継承や、7連覇とW杯のレガシーの継承が掲げられています。

2019年9月25日のフィジー対ウルグアイには14,025人が来場し、ウルグアイが30対27で勝ちました。10月13日のナミビア対カナダは、台風19号の影響で中止になっています。

座席には、2017年5月に釜石市で起きた尾崎半島の山林火災の被害木、スギ約800本が使われています。木製シートの数は4,990席です。メインスタンド最前列の青い「絆シート」600席は、旧国立競技場の席を譲り受けた北上市や、熊本県、東京ドームから贈られたものです。

常設の席は6,000席で、W杯では仮設席1万席を加えて16,000席にしました。西側駐車場の裏山には、海抜20メートルの緊急避難場所があります。2026年9月19日と20日には、W杯の釜石開催を記念する「ラグビッグドリーム~釜石絆の日~」が開かれました。新日鐵釜石の流れをくみ、2001年に釜石市を本拠地として発足したリーグワンの日本製鉄釜石シーウェイブスが、19日の絆マッチを戦いました。

視察・見学は誰でも申し込めます。見学は11時・14時・16時からで、申請書を釜石市文化スポーツ課へ送ります。所在地は釜石市鵜住居町第18地割5-1です。

場所
岩手県釜石市鵜住居町第18地割5-1
競技との関係
ラグビーW杯2019のために小中学校跡地に新設されたスタジアム
見どころ
山林火災被害木を使った木製シート4,990席、絆シート600席
見学
11時・14時・16時から、釜石市文化スポーツ課へ事前申請
所在地鵜住居町第18地割5-1、鵜住居小・釜石東中の跡地

出典:釜石鵜住居復興スタジアム・ストーリー / 釜石鵜住居復興スタジアム・施設ガイド / 釜石鵜住居復興スタジアム・視察・見学 / 岩手県・ラグビーワールドカップ2019 岩手・釜石開催について / 釜石鵜住居復興スタジアム・2026ラグビッグドリーム / 日本製鉄釜石シーウェイブス・チーム紹介

10いのちをつなぐ未来館|スタジアムの最寄り駅前で、鵜住居(うのすまい)の震災の出来事を伝える展示

山を背にした低い木造の施設の前に立ち遠くを眺める女性二人のイラスト

三陸鉄道リアス線の鵜住居駅の前には、「うのすまい・トモス」と呼ばれる施設が並びます。震災伝承施設のいのちをつなぐ未来館、犠牲者を慰霊する釜石(かまいし)祈りのパーク、観光交流拠点の鵜の郷交流館の三つです。所在地は釜石市鵜住居町4丁目901番2です。

いのちをつなぐ未来館の展示室では、東日本大震災の出来事と教訓、釜石での防災学習の取り組みを紹介しています。資料閲覧室では、震災に関する書籍や寄贈された写真を閲覧できます。開館時間は9時30分から17時30分までで、11月から2月は17時までです。水曜と年末年始が休館で、入館は無料です。

事前に申し込めば、展示を30分で案内する無料の館内ガイドを受けられます。震災を経験したスタッフの語り部もあります。現地体験プログラムは、避難路の追体験、スタジアム見学、水門・防潮堤の見学から選び、津波の被害にあった場所を体験談とともに歩く内容です。1時間半と2時間半のコースがあり、1週間前までの予約が必要です。

場所
岩手県釜石市鵜住居町4丁目901番2 うのすまい・トモス内
競技との関係
スタジアム最寄り駅前で鵜住居の震災と復興の歩みを伝える施設
開館時間・休館日
9時30分〜17時30分・11月〜2月は17時まで、水曜・年末年始休館
入館料
無料、現地体験プログラムは1週間前までに要予約
所在地鵜住居町4-901-2、三陸鉄道リアス線・鵜住居駅前

出典:うのすまい・トモス / うのすまい・トモス・いのちをつなぐ未来館

ラグビーの聖地をもっと知る|横浜・慶應(けいおう)・京都での始まりと、全国高校大会「花園(はなぞの)」の歩み

10か所の多くは、明治の横浜で始まったラグビーが、慶應義塾から京都や大阪の学校へ広がった道筋と結び付いています。登場する人物と、毎年冬に開かれる高校大会の流れをまとめます。

日本のラグビーを広めた人々

エドワード・ブラムウェル・クラーク

1874年に横浜で生まれ、居留地のヴィクトリア公学校などで学びました。ケンブリッジ大学で学位を取り、1899年に慶應(けいおう)義塾の教員になります。1903年には部長として蹴球部を体育会に加えました。1934年に亡くなり、神戸市立外国人墓地に葬られています。

田中銀之助(たなかぎんのすけ)

クラークのケンブリッジ時代の盟友です。1899年の秋、クラークとともに慶應義塾の塾生にラグビーを教えました。

秩父宮(ちちぶのみや)雍仁親王

昭和天皇の弟で、「スポーツの宮様」と呼ばれました。花園(はなぞの)ラグビー場建設のきっかけをつくり、秩父宮ラグビー場の名に受け継がれています。

真嶋進(まじますすむ)と堀江卯吉(ほりえうきち)

慶應の蹴球部員だった真嶋進が、親戚で三高生の堀江卯吉の下宿にボールを持ち込みました。二人が下鴨神社(しもがもじんじゃ)の境内で蹴ったことが、三高ラグビー部の誕生につながります。

香山蕃(かやまばん)

東京ラグビー場の建設当時の理事長です。戦災の火災保険金を東京ラグビー場の建設資金に充て、現在の秩父宮ラグビー場の基礎を築きました。

塩田賢次郎(しおたけんじろう)

1901年12月7日、横浜公園でのYC&AC戦で、日本人として初めてトライを挙げたとされる慶應義塾の選手です。

出典:慶應義塾・日本ラグビーの父、E・B・クラークゆかりのモノたち / 日本ラグビー デジタルミュージアム・日本ラグビー発祥の年 / 日本スポーツ振興センター・秩父宮ラグビー場の歴史 / 日本ラグビー デジタルミュージアム・三高ラグビー部の歴史

仙台ケ原の練習から、横浜公園の初試合へ

1899年秋、秋冬に時間を持て余していた慶應(けいおう)義塾の塾生に、英語講師のエドワード・ブラムウェル・クラークと学友の田中銀之助(たなかぎんのすけ)がラグビーの指導を始めました。日本ラグビーの発祥とされる出来事です。三田の運動場は固く狭かったため、最初の練習場には麻布の草原「仙台ケ原」が使われました。

慶應義塾體育會蹴球部は2024年に創部125周年を迎え、11月24日に日吉で記念式典を開きました。慶應義塾は蹴球部を日本ラグビーの「ルーツ校」と位置づけています。2025年には、クラークの孫娘と交流のあった人から、クラークゆかりの品々が慶應義塾に寄贈されました。

寄贈品には、ケンブリッジ大学コーパス・クリスティ・カレッジのペリカンの紋章が入った卒業記念帽があります。「1902-04」の年代を持つ現存最古の蹴球部のワッペンや、1931年のラグビー伝来30年記念品とみられる銅製のボールもあります。品々は三田キャンパスの慶應義塾史展示館で、2026年3月2日まで展示されました。

出典:日本ラグビー デジタルミュージアム・明治32年度 日本ラグビー発祥の年 / 慶應義塾・蹴球部創部125周年記念式典 / 慶應義塾・クラークゆかりのモノたち

豊中(とよなか)の第1回大会から、花園(はなぞの)で開く第106回大会へ

豊中で始まった大会は、1963年から花園ラグビー場に会場を移して続いています。第106回の主催は全国高等学校体育連盟・日本ラグビーフットボール協会・大阪府および大阪府教育委員会・毎日新聞社です。後援はスポーツ庁・日本スポーツ協会・東大阪市(ひがしおおさかし)・NHKです。大会期間中の実行委員会事務局は花園ラグビー場の中に置かれます。

出場校は都道府県ごとの予選で決まります。2026年9月20日には南北海道予選の決勝があり、札幌山の手が立命館慶祥を破って2年ぶり23回目の花園出場を決めました。

出典:全国高等学校体育連盟・第106回大会 / ラグビーリパブリック・第106回大会 南北海道予選

新秩父宮(ちちぶのみや)の設計と、釜石(かまいし)のW杯の一日|屋根を架ける新ラグビー場と、復興スタジアムの試合の記録

1947年完成の秩父宮ラグビー場は、北側の敷地で新スタジアムの建設が進んでいます。2030年の開業をめざす新秩父宮ラグビー場の設計と、釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムでワールドカップが開かれた当日の記録です。

新秩父宮(ちちぶのみや)ラグビー場|ダブルメインスタンドと、スクラムを組む柱のシンボル

新しい秩父宮ラグビー場は、地上8階・地下1階、高さ46.25メートルの建物です。ラグビーの試合では約1.5万人、コンサートなどのイベントでは最大約2.5万人を収容します。東西のスタンドを同じ造りにした「ダブルメインスタンド」で、フィールドの角から試合を見る「ラグビータワー」や、フィールドと同じ高さの「フィールドバー」も設けます。

弓なりの大屋根は、現在の秩父宮ラグビー場の観客席のデザインを受け継いだものです。屋根の軒の高さは、国立競技場や明治神宮聖徳記念絵画館と同じ程度に抑えます。場内の大型ビジョンは、幅50メートル、高さ12メートルです。

開業に向けて作られたシンボル「スクラムアーチ」は、入り口のファサードの曲線がもとになっています。並び立つ柱は、スクラムを組む選手たちの姿です。柱の間の五つの空間はラグビーボールの形で、品位・情熱・結束・規律・尊重の五つのコアバリューを表しています。

事業者は、代表企業の鹿島建設と三井不動産・東京建物・東京ドームの4社でつくる秩父宮ラグビー場株式会社です。施設は日本スポーツ振興センターに引き渡され、事業者が30年間運営します。三井住友フィナンシャルグループがトップパートナーとなり、副名称「SMBC Olive SQUARE」は2030年5月の運営開始から使われる予定です。

北側には、日本スポーツの歴史を伝える博物館の機能も設けられます。秩父宮記念スポーツ博物館は、国立競技場の建て替えに伴って2014年から休館しています。日本スポーツ振興センターは2022年に、新しいラグビー場の中で再開館する計画を発表しました。

出典:秩父宮ラグビー場株式会社ほか・新秩父宮ラグビー場の着工 / 新秩父宮ラグビー場 SMBC Olive SQUARE / 日本スポーツ振興センター・秩父宮記念スポーツ博物館の休館と再開館 / 日本スポーツ振興センター・新秩父宮ラグビー場(仮称)基本計画(案)

釜石(かまいし)の9月25日|1万4千人が集まった試合と、試合ができなかった10月13日

2019年9月25日の釜石でのフィジー対ウルグアイには、大会名誉総裁の秋篠宮皇嗣同妃両殿下が臨席しました。試合前には、招待された地元の子どもたちが復興支援への感謝のメッセージフラッグを掲げ、「ありがとうの手紙」を合唱しています。選手入場の後には黙とうが捧げられ、スタンドでは両国の国旗とともに大漁旗が振られました。上空では、ブルーインパルスの展示飛行もありました。

釜石市民ホールのファンゾーンの入場者は、試合当日に5,323人でした。2か月前の2019年7月27日には、テストイベントを兼ねたパシフィック・ネーションズカップで日本代表がフィジー代表に34対21で勝ち、13,135人が入っています。

台風19号が近づいた10月13日は、午前0時40分に大雨特別警報が出され、5時30分に試合の中止が決まりました。試合開始の6時間45分前です。カナダ代表は市内で泥かきのボランティアをし、ナミビア代表は被災した宮古市の市民を励ます交流の場を設けました。

釜石市は2022年から2023年にかけて、新日鐵釜石の7連覇から復興スタジアムでの試合までを振り返る公式PVを「ラグビーのまち釜石」チャンネルで公開しています。

出典:岩手県・ラグビーワールドカップ2019 岩手・釜石開催について / 釜石鵜住居復興スタジアム・プロモーション一覧

横浜のクラブから新秩父宮(ちちぶのみや)まで、日本ラグビーの聖地の歩み

1866年の横浜フットボールクラブ創設と1899年の慶應(けいおう)義塾での競技開始から、花園(はなぞの)・秩父宮の開場、2019年ワールドカップ日本大会、新秩父宮ラグビー場計画までの歩みです。

  1. 1866年英国の駐屯兵らが山下町で横浜フットボールクラブを設立横浜
  2. 1899年秋クラークと田中銀之助(たなかぎんのすけ)が慶應義塾の塾生にラグビーを教える慶應
  3. 1901年12月7日横浜公園で慶應義塾がYC&ACと対戦、日本人初のトライとされる横浜
  4. 1910年9月糺(ただす)の森(もり)で三高の学生が初めてボールを蹴る京都
  5. 1911年4月8日慶應義塾対三高、三高の部史が日本人チーム同士の初試合とする慶應・三高
  6. 1918年1月12日豊中(とよなか)運動場で第1回日本蹴球大会が開幕豊中
  7. 1929年11月22日日本初のラグビー専用競技場、花園ラグビー場が完成花園
  8. 1947年11月旧女子学習院の跡地に東京ラグビー場が完成秩父宮
  9. 1953年東京ラグビー場を秩父宮ラグビー場に改称秩父宮
  10. 1963年全国高校大会の会場が花園ラグビー場に花園
  11. 1991年熊谷(くまがや)スポーツ文化公園にラグビー場を中心とする施設が開設熊谷
  12. 2015年3月釜石(かまいし)市がW杯2019の開催都市に選ばれる釜石
  13. 2017年5月10日京都迎賓館でW杯2019の組み合わせ抽選会京都
  14. 2018年8月19日釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムがオープン釜石
  15. 2019年9月5日山下町公園でラグビー発祥の地を伝える記念碑を除幕横浜
  16. 2019年10月13日横浜で日本がスコットランドに勝利、釜石の試合は台風で中止W杯
  17. 2019年11月2日横浜でW杯決勝、南アフリカが優勝W杯
  18. 2021年9月熊谷にさくらオーバルフォートが開業熊谷
  19. 2026年1月7日第105回全国高校大会で桐蔭学園が3連覇花園
  20. 2026年2月3日新秩父宮ラグビー場が着工秩父宮
  21. 2026年8月8日花園で日本代表対オーストラリア代表花園
  22. 2026年12月27日第106回全国高校大会が花園で開幕予定花園
  23. 2030年5月屋内全天候型の新秩父宮ラグビー場が運営開始予定秩父宮

出典:横浜市中区・西洋スポーツ流入編 / 日本ラグビー デジタルミュージアム / 大阪観光局・花園ラグビー場の歴史 / 日本スポーツ振興センター・秩父宮ラグビー場の歴史 / 埼玉県・熊谷スポーツ文化公園 / 釜石鵜住居復興スタジアム・ストーリー / 下鴨神社(しもがもじんじゃ)・ラグビー第一蹴の地顕彰会 / 神奈川県・横浜市・W杯開催記録集 / 新秩父宮ラグビー場の着工 / 全国高等学校体育連盟・第106回大会

研究所メモ|ビジネスの視点から:電車の沿線に造った花園(はなぞの)と、山火事の木で座席を作った釜石(かまいし)

花園ラグビー場は、大阪電気軌道が自社の沿線に造った競技場でした。試合の日だけの臨時駅は、1967年に常設の東花園駅になります。釜石では、山火事で焼けた地元のスギ約800本を座席に使い、全国から贈られた「絆シート」を最前列に並べました。

最寄り駅の開設や地元産スギ材の活用など、競技場の成り立ちそのものに土地の歴史を刻んでいる点が花園と釜石に共通しています。釜石のように由来を公式サイトで説明し、見学の申し込み窓口を設ければ、試合のない日に訪れた人にも経緯が伝わります。

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出典

会期・営業時間・チケットは執筆時点の情報です。お出かけ前に各公式サイトで最新の情報を確認してください。

よくある質問

全国高校ラグビー大会は、なぜ「花園」と呼ばれるのですか?

1963年から東大阪市花園ラグビー場が大会の会場になり、毎年12月末から1月7日ごろまで試合が行われているためです。第105回大会も2025年12月27日から2026年1月7日まで、花園ラグビー場と隣の東大阪市多目的球技広場で開かれ、56校が出場しました。

2026年度の全国高校ラグビー大会はいつですか?

第106回大会は、2026年12月27日・28日・30日、2027年1月1日・3日・5日・7日の7日間の予定です。会場は東大阪市花園ラグビー場と東大阪市多目的球技広場です。

花園ラグビー場はいつ、どうして造られたのですか?

1928年10月、橿原神宮へ向かう電車の中で、秩父宮雍仁親王が現在の近畿日本鉄道にあたる大阪電気軌道、略称・大軌の役員にラグビー場の建設を勧めたのがきっかけです。大軌は同年12月10日に建設を決め、1929年11月22日に日本初のラグビー専用競技場が完成しました。

花園ラグビーミュージアムはいつ見学できますか?

一般公開は金曜と土曜の10時から15時までで、受付は14時30分までです。料金は大人500円、中高生200円で、小学生以下は無料です。開催日は花園ラグビー場のスケジュールで発表されます。

秩父宮ラグビー場は今も試合を観られますか?

現在のラグビー場は、国際試合やリーグワン、関東大学ラグビーなどに使われています。北側では2026年2月3日に新しいラグビー場の工事が始まり、2030年に開業する予定です。

新しい秩父宮ラグビー場はどんな施設になりますか?

日本初の屋内全天候型のラグビー場で、ラグビーの試合では約1.5万人、コンサートなどでは最大約2.5万人を収容する計画です。東西のスタンドを同じ造りにした「ダブルメインスタンド」や、幅50メートルの大型ビジョンを備えます。副名称は「SMBC Olive SQUARE」です。

日本のラグビーはどこで始まったのですか?

1866年、横浜の山下町で英国の駐屯兵らが横浜フットボールクラブをつくりました。日本人では、1899年秋に慶應義塾の英語講師E・B・クラークと田中銀之助が塾生にラグビーを教えたのが始まりとされます。1910年9月には京都の糺の森で三高の学生がボールを蹴り、関西に広まりました。

釜石鵜住居復興スタジアムは見学できますか?

視察・見学は誰でも申し込めます。見学時間は11時・14時・16時からで、申請書の送り先は釜石市文化スポーツ課です。駅前のいのちをつなぐ未来館でも、スタジアム見学を含む現地体験プログラムを1週間前までの予約で受け付けています。